dod3 | ナノ


drag-on dragoon 3

ウタウタイ姉妹の五女であるフォウの治める「山の国」はその名の通り山地で、気候も不安定だ。昨日から降り続ける雨の音に、飽きるを通り越して慣れてしまったフォウは、読んでいた本に栞を挟んで立ち上がった。この部屋にいるのは彼女だけ。フォウの使徒であるデカートは扉の向こう側にいて、フォウの複雑な表情を見ることは出来ない。フォウは窓硝子へと近付いて、外を見た。山々は霞み、世界は淀んだ空気に満ちている。フォウのエメラルドのように綺麗なグリーンの瞳には遠い過去と憂う未来が映っていた。この書物は姉、ワンから借りたものだった。ワンはウタウタイ姉妹の次女で、いつも書庫で本を読んでいる。読書家なのだ。その為とても博識で相談をすればいつだって的確なアドバイスをくれる。フォウはそんなワンを慕っていた。ワンは教会都市におり、ここからそこは非常に遠い。なのでなかなか会えないが、この本を捲る度に姉のぬくもりに触れられる気がした。窓辺でフォウは姉妹のことを想う。少し前に顔を見せに来たのはファイブ。所謂優等生タイプであるフォウとは正反対の妹。海の国を治めるファイブは自信家でありそして強欲で、下品極まり無い。甘ったるい声でいちいちフォウの言うことを撃ち落としてくる。ふしだらな単語ばかりを絡めるファイブと真面目なフォウはなかなかかみ合わないのだが、血を分けた姉妹であることは真実なので心の奥底ではつながりがある。――今それが絶たれてしまっているのは、一番上の姉である、ゼロだけだ。

その時もファイブはフォウに絡んできた。ちょうどその時もフォウはワンから借りた本を読んでいて、「フォウお姉様ったらご丁寧にブックカバーなんかかけて、いやらしい本でも読んでらっしゃるの?」などと言われ激昂したのを覚えている。フォウが本にカバーをかけたのは、借り物に汚れを付けたらいけないと思ったからだった。ワンへのそういった思いを踏み躙られたようで、フォウは久しぶりに物を投げた。簡単にいえば「ブチ切れた」のである。ファイブはというと飛んできたものを器用に避けて、「お姉様怖いわ」などと言っていた。今思い出すだけでまた怒りが沸々とわいてくる。ワン姉様はよく出来た人で物を大切にする人だから本も汚さないようにしよう、と考えていたのに皿やら何やらを投げつけて物を壊すなんて本末転倒で、自分がイヤになるだけだったけれど。その後ファイブは逃げるように海の国へと帰ってしまった。本当に顔を見せに来ただけだった妹にまた醜い感情が浮かび上がってきたけれど近くにデカートや兵士たちがいるのでフォウは耐えた。どうしようもない妹だと思ってしまった。大切な妹であるという真実も確かに存在しているのに、そっちの感情のほうが大きいようで。フォウはその日一頁も本を読み進めることが出来なかった。

そんなことを思い出してしまうのは雨のせいだ。フォウは外をじっと見つめている。止む気配はない。不安になるほどの雨。雨が降らなければ大地の緑は褪せてしまうし、水不足にだってなってしまう。だからたまにはこれくらい降らないといけない。そんなことはわかっている。子供じゃないのだから。そうフォウは自分に言い聞かせるも、やはり青空が恋しくなりつつある自分もいた。青、といえば思い出すのは姉、トウのことだ。トウはウタウタイ姉妹の三女で、砂の国を治めている。砂の国は砂漠地帯にあってここ以上に過酷な環境下にある。辺り一面が砂で溢れていて、フォウが彼女の神殿を尋ねた時は寒暖の差の凄まじさに驚いた。雨が降ることはあまりないらしい。山の国は秋冬になると真っ白な雪が降ってすごく寒いけれど、砂の国の夜もそれくらい寒かった。トウは遥々やって来た妹フォウに美味しい料理を振る舞ってくれた。トウはショートカットで見た目がボーイッシュなところがあるけれどとても家庭的で、どんな食材であっても美味しいものを作ることが出来る。薄味好きなフォウにも、それと真逆のファイブにも舌に合った料理を出してくれるのだからすごいものだ。それを思い出すと食欲が湧いてきた。そういえばまだ今日は昼食をとっていない。時計を見ればそれなりの時間になっている。フォウはぱんぱんと頬を手で叩いて、嫌な気分を振り払う。その間も雨はずっと降りっぱなしだったけれど。鏡の中の自分を見て、いつもの表情に戻っていることを確認してからフォウはドアノブに手をかけた。


使徒デカートと護衛の兵士たちと昼食を済ませ、フォウは自室へと戻ってきた。なんとなくだが、雨は弱まっているように感じる。もう少しであがるのだろうか?青い空を見上げることが出来るのだろうか?フォウは伸びをする。鏡を見てだいぶ髪が伸びたなぁ、だなんて思い、それと同時にもうひとりの姉、スリイのことを思い出した。四女であるスリイはとても綺麗な顔立ちをしている。しかし彼女もまた難解な人物で、人形作りに異様に執着している。興味のあることには驚くほど絡みつくのに、そうでないことにはまるで関心を持たない。そしてその人形の材料は――そこまで考えてフォウは思考を止めた。そして引き出しから鋏を取り出す。スリイは髪の伸びる速度がとても早い。フォウの爪が早く伸びるのと同じように。フォウはひさしぶりに髪を少しだけ切った。あまり上手には切れないけれど、わざわざ他の人に切らせるものではないし。そんなこと思いつつフォウは鋏をしまった。切った髪をゴミ箱へと入れて、それからテーブルに置いた本を手に取る。もうそろそろこの本も読み終わる。読了したらワンに返さないと。フォウはそんなことを思いつつ本を開く。そこには無数の文字の羅列。所々に挿絵があり、それはそっと文字に寄り添う。雨の音が響いているけれど、今のフォウにそれは届かない。本は好きだ。読んでいると別の自分になれる気がして。こことは違う世界に行ける気がして。ワン姉様はそういった理由で読書が好きではないのだろうな、などと思いつつ茶髪の少女は頁を捲っていく。好きな理由なんて人それぞれだ。もちろん、嫌いな理由だって。フォウはしばらくの間この世界から視線を別の世界へと移動させる。思考も、感情も、すべてを手にとって。


気付けばフォウの生きる世界は黒に飲まれる時間帯になっていた。雨もいつのまにやらあがっていて、しかし時間が時間故に恋焦がれる青は見えない。ちょうど本も読み終わった。読了後の色々な思いが溢れる感覚も好きだ。フォウはふう、と息を吐いてからその本をテーブルに置いた。ワン姉様にいつ返しに行こう、ここから教会都市は遠い。けれども出来るだけ早く返すのが礼儀である。ワンの都合を訊いてから、返しに行かなければ。フォウはカーテンを閉めるために窓へと寄る。硝子越しに見える世界は漆黒。分厚い雲が残っているようで、星は見えない。山の国は標高も高く、灯りも少ないので星がよく見えるのだ。フォウはそんな星を見上げることも好きだった。さっとカーテンを閉めてから、ふと自分の指先へと目を向ける。

「……」

はぁ、という溜め息がこぼれてしまった。爪が伸びている。昨日切ったばかりだというのに。スリイの髪が早く伸びるのに対してフォウの場合は爪の伸びる速度が極端に早かった。あまり伸びてしまうと不格好だし、生活に支障をきたす。フォウはそんな自分の爪が大嫌いだった。彼女は引き出しから爪切を取り出して、ぱちんぱちんと切り始める。切った爪を屑籠に捨てて、もう一度長い溜め息を吐いてフォウは部屋から出た。そろそろ夕食の時間だからだ。部屋のすぐ外にはデカートがいて、彼は浮かない顔をしているウタヒメに疑問を投げかける。何でもない、とフォウは答えた。心配をかけたくはなかったからだ。と、いっても表情なんてそうコントロール出来るものではない。明らかに「何でもなさそう」ではない主に使徒はもう一度問いかけてくる。本当になんでもないわ、とフォウは少々強めに言うとデカートは引き下がった。デカートは常識的な男性なので、フォウの複雑な気持ちの片隅を見ることが出来たのだろう。フォウは心の中で彼に謝ってから「行きましょう」と微笑みながら言い、彼と共に食事を摂ることにした。貼り付けた微笑はぎこちないものだったかもしれない。それでもデカートは何も言ってくることはなかった。


食事を終えてフォウはやることを済ませ、自室へと戻った。もう雨音はしない。あんなに止んで欲しいと願っていたのに、音が消えると少し物足りなくなるのは何故なのだろう。フォウは首を傾げる。自室の灯りは柔らかくフォウの存在を照らしてくれていた。ベッドサイドのテーブルには姉や妹から来た手紙が置かれている。教会都市のワンから来た手紙はとても丁寧な字で綴られている。砂の国を治めるトウからは恋人との日々が、森の国のスリイからは短い詩のような内容が。海の国のファイブからは読んでいて少しイラッと来る文が含まれるものが。もうひとりの姉、ゼロからは無い。当たり前よね、と自分に言い聞かせてみるが、昔の長女の優しさが恋しくなる自分もいた。銀色の長い髪をしたゼロは、とても綺麗な女性。面倒くさがりなところはあったけれど、そういった負の部分も含めて好きだった。それなのに――フォウはどうしようもない感情を抱いた。ワン、トウ、スリイ、そしてファイブからの手紙を読む自分は目を潤ませていた。それが溢れだして紙に染みを作ってしまう前に、手でそれを拭う。ワン姉様に手紙を書かなくちゃ。そう思いフォウは目を擦る。いつ本を返しに行ったらいいでしょうか?という一文と、近況と、ワンへの問いを綴った手紙を。雨はとっくにやんでいるのに、フォウの心は分厚い雲が漂っていて、それから冷たい雫が降り続けていた。


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