dod3 | ナノ


drag-on dragoon 3

青年は少女の笑顔が好きだった。あの日まで青年と少女は砂の国で、孤児とともに生活をしていた。青年は少女の支えになることを望み、同時に少女もまた青年を支え、ふたりの間には確かな愛が存在していた。いつまでもふたりでいたい。その細やかで、最も強い願いはあの日粉々に砕け散り、それの破片が今もなお青年の心に突き刺さっている。傷は癒えぬまま、少女は壊れたまま、時が流れていく。残酷な現実がふたりを嘲笑っていた。青年は少女の為に生きることを選び、甲斐甲斐しく世話を焼いた。一定の速度で流れていく時間に、嘗ての甘く優しいそれは無い。


昨晩も青年は酷く悲しい夢を見た。愛する少女の心が崩壊したあの日から、似たような夢を何度も見ている。夢の中で少女は微笑っている。それが今の彼にとって最も悲しいものだった。もう二度と彼女は微笑んだりしない。そうった現実を突きつけられるからだ。夢の中でしか見られない彼女の姿。彼女は明るく、優しく、朗らかで、何をしていても何を言っても愛おしさがこみ上げてくる、青年にとってはそんな存在だった。彼女は特殊なチカラを持つ「ウタヒメ」で、青年は「使徒」であった。そもそも、それが悲劇の始まりだった。彼女のウタのチカラにより、ふたりの運命は狂ってしまったのだ。少女はウタのチカラに耐え切れず、そしてそのチカラで犯してしまった罪の重さに屈したのである。もし彼女はもう少し冷酷な人物であれば、また違った未来があったのかもしれない。けれども少女はとても優しかった。優しすぎたと言ってもいいだろう。両親を失った子どもたちに住む場所や食事を与え、それこそ本当の家族のように接していた。子どもたちはそんな彼女を慕い、青年は彼女たちの様子を穏やかな目で見つめていた。幸せだった。少女は青年を、青年は少女を心の底から愛しており、また、愛されることを幸福だと感じていた。ずっとそんな時が続けばいい。そんな願いは儚く散った。少女――ウタウタイ姉妹の三女トウの心が完全に壊れてしまったのだ、その手で、とても大切な存在であった子どもたちを殺めることになった、あの日に。


夜。砂の国は闇に包まれ、冷えた空気が流れ行く。

「トウ……」

青年はウタヒメ、トウをベッドに寝かせてやりつつ名を呼んだ。使徒である青年はふたりきりの時だけ彼女をそう呼んでいた。それはトウが決めた小さな約束。青年は彼女の自我が崩壊した今もその約束を守り続けている。青い髪をしたウタヒメは虚ろな目をしていた。その目に青年の姿は映ってはいる。しかし「見て」はいない。賑やかだったこの神殿も、がらんとしてしまった。トウの使徒である青年――セントは彼女の頬に長い指を這わせる。白く冷たい頬だ。少し前までは薄紅色であたたかかったというのに。暫くの間、セントはそうしていた。彼女が目を閉じるまで。

セントはトウの横に横たわる。トウは眠りに落ちたようで、その寝顔を見る青年の目は悲しげだった。今、トウの笑顔が見られるのは夢の中だけ。反対にトウがセントと幸福な時を過ごせるのもまた夢の中だけなのかもしれない。彼女だけの世界――夢の中には、トウの望む世界が存在しているのかもしれない。そこにはトウが、セントが、結果的に殺すことになってしまった子どもたちがいるのかもしれない。子どもたちが無邪気に笑っているのかもしれない。他愛のない話をしたり、ふざけあったり、遊んだり――そんなことが出来る世界は、そのとても脆く狭い空間にしかないのだ。セントは思ってしまう。どうか夜が明けませんようにと。彼女が彼女らしく在れる時間が僅かでも長くなればいいのにと。しかしそれは叶わない。現実は足音を立ててふたりに近寄ってくる。非情にも太陽は昇る。夢は終わる。子どもたちのまぼろしは霧のように消えてしまう。そして目覚めた少女は苦しみもがく。そんな彼女を見るセントの心にも赤く深い傷があり、痛みは走り続ける。

もし、彼女がウタヒメでなかったのならば。
もし、青年が使徒でなかったのならば。
もし、世界がもう少しだけ優しかったのならば――。

子どもたちの苦しむ声と、愛する女性の悲痛な叫び声がする。その声の狭間にいるセントの心が軋む。空虚な世界を彷徨う命が今も吠えている。青年は少女を抱きしめた。腕の中に存在するぬくもりはどうしようもなく悲しかった。こんなに近くにいるというのに、こんなにも愛しているのに、そこにいるというのに――もうふたりは、ひとつになれない。


[ back to top ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -