覚醒/絶望の未来編 | ナノ


fire emblem awakening

雪が降っていた。吐く息は白く、空は重く。人々は冷たい悲しみに埋もれる。今、こうして小型のドラゴンに跨っている彼女もまた例外ではない。彼女は自分からこの道を選んだ。それでも、光溢れていた日々を懐かしく思う日もある。友と共に生きて笑い合い、時に涙した日々を忘れたことも無い。少女――マークはぎりっと唇を噛んだ。その痛みが自分の存在を肯定してくれているかのように思えた。世界を棄てた自分のことを。

降り頻るそれは大地を覆う。少女のフードも白くなっている。彼女は彼らを追っていた。かつての友であり幼馴染みである彼らを。アズール、ブレディ、シャンブレー、ウード。アズールはオリヴィエの息子で、ブレディはマリアベルの息子。シャンブレーはベルベットの子、そしてウードはリズの息子だ。当たり前のように一緒に居た頃は、彼らとマークは親しかった。仲間として認め合い、互いに相手を支え守りながら戦いの日々を送っていた。それはいつも幸せな気持ちを抱く事のできる平和な日々ではなかったけれど、それでも充実していた。繋がっていた絆もまたしっかりとしたもので、それが切れてしまう日が来るなんて想像すら出来なかった――マークは俯く。自分からそれを冷たい鋏で切り落としたというのに、心は揺らぐ。あの頃に戻れるのならば。そんな風に考えてしまった自分を、自分で叱りつける。自分は、自分から、この世界とたったひとりの父親を天秤にかけて父の方を選んだ。だからそんな事は考えてはならない。軍師としての才能を持ち、優しく、勇敢でもあった父。そう、マークは彼を選んだ。今は邪なる野望を抱くその者を――。

雪は止むことを知らないようだった。悪天候の中を飛ぶマークとその相棒であるドラゴン。少女は相棒の頭をそっと撫でる。するとドラゴンは甘い声を出す。そこだけを切り取ってしまえば平和な光景である。だが、それを取り巻くものは何処までも残酷で生々しい。マークは優しかった頃の父を忘れることが出来なかった。彼が世界を滅ぼす邪竜として覚醒したあとも。自分に向けられる視線がかつてのものと全く違う温度をしていても。自分のことを唯一つの駒としてしか見ていないとわかっていても。冷たい空気の中、少女は静かに涙を溢れさせた。優しい記憶の中の父は笑っている。しかし、彼の右手の甲にある邪痕がすべてを現実へと引き戻す。すべては彼が生まれた時から動き始めていたのだろう。そして、マークにもまたその忌々しい血は流れている。同じ血を分けたきょうだいにもそれはある筈だった、だが、その運命を変えられなかったのはマークだけであった。マークは最後の最後まで、父とともにあることを望んだ。たとえ父が世界全てを滅する存在であっても――それでも。マークは左手を目にやり、ごしごしと目を擦る。瞼の向こう側に映った穏やかな光溢れる日々を振り払うかのように。自分だけは彼の味方でありたい。そうずっと思ってきたし、それは揺らぐことはない。それでも過去は微笑んでいた。その微笑みを忘れることは出来なかった。

――最も愛する人を殺してまで、世界を滅したいのですか。父さん。

少女が胸の中で叫ぶ。答えはもう出ている。きっと声に出せば彼は肯定するのだ、父が永遠の愛を誓った母のことをも殺めたという事実はそこにあるのだから。マークにとっては母もまた敬愛の対象である、だが、軍師への夢を持つマークはその才能を持つ父を選びとった。父――ギムレーは母を、友を、仲間を、民を。たくさんの尊い命を奪ってきた。そしてこれからも数えきれないくらいの人間を殺める。そこに優しさなど存在するはずもない。マークという存在もまた駒のひとつでしかないし、先程胸の中で叫んだ問いかけを声にして投げかければ娘であるマークのことをも殺すであろう。それは間違いない。マークもそうわかっている。わかっているからこそ、まだ自分が"人間"であるからこそ、その問いが心の中で響き渡るのだ。

マークは大樹の下で体を休めることにした。目的地はもうすぐだったが、ドラゴンも悪天候の中を飛び疲労しているようだったから。今の仲間はこのドラゴン、一体だけである。マークはドラゴンに餌をやり、それから白に飲まれゆく大地と悲しい目をして嘆く空を見ては胸を痛めた。自分はかつての仲間を手にかけることになる――本当はあの頃に戻りたい。そして両親の愛に包まれながら幸せな日々を送りたい。傍らには友がいて、父もいて、母もいて。幸せな時間を過ごしていきたい。けれどそれは叶わない。何を捧げたとしても神はそれを叶えてはくれない。ぽろぽろと溢れ、頬を伝い、地面に落ちて消え行く涙。マークはそれを拭うことも出来ずにいる。顔をぐしゃぐしゃにして泣いた。雪が弱くなってきたことにも気付かずに。

泣き疲れてマークはいつの間にか眠ってしまっていたらしい。と、いっても数十分だけであるが。目を覚ましたマークは目を擦って、それから立ち上がって、夢の残滓を振り払う。穏やかな夢だった。胸の奥底に抱き続けている思いが夢という朧気なものとなったのであろう。仲間たちが皆、微笑んでいる夢だった。もう絶対に戻ることのないあの頃を夢で見たのだ。マークの頬には涙の跡があり、目も充血していた。目覚めて緩やかな時間に身を任せているうちに、現実が少女を取り巻く。ああ、自分はこれから罪を犯すのだと。共に戦っていた、共に支えあっていた、共に友情を築いていた彼らに武器を向けるのだ、と。僅かな眠りの間に雪は上がっていて、世界はそれを記憶するかのように白かった。再び唇を噛む。滲む赤と、それの味。マークはドラゴンをそっと撫でてから、跨る。止まることを知らずに流れ行く時間に身を任せる。少女は祈るような目をし、それから雲に覆われた空を飛ぶ。あの日々を忘れてしまうことができたら。あの日々を消す、そんな残酷な行為を自分ですることができたら、こんなにも苦しまなかったのに。ただただ邪竜に従うだけのもののように、心という脆きものを失う事ができたなら――マークは瞳を潤ませながら、往く。世界の終わりを望むものの為に。


title:泡沫

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