覚醒/絶望の未来編 | ナノ


fire emblem awakening

悲しみの雨が降る。冷たいそれは大地を責め立て、人々の不安を煽る。シンシアたちはイーリス城を目指してその雨の中を進んでいた。ペレジアで宝玉をなんとか取り戻した彼女たち。今こうやって呼吸していられるのは、「異界」からの援軍のお陰であった。絶望的な状況で、いつもは前向きなシンシアでさえもがそれに押し潰されそうになった。けれども、「異界」からやってきた別の時代の「彼ら」の力を借り、無数の屍兵を倒すことが出来たのである。あとはこの宝玉を手に、ルキナの待つイーリス城に向かうだけ――。シンシアは瞼を閉じて、今やたったひとりの家族になってしまった姉ルキナを思った。ルキナは年の割に大人びており、シンシアはそんな彼女に憧れつつ好いていた。城で皆が戻ってくることを待っているルキナ。亡き父であるクロムの形見であるファルシオンを手に、彼女は城や付近にまで湧き出た屍兵と戦っているであろうルキナ。彼女は優しく、そして正義感に溢れる少女だった。あれから、姉妹は支え合いながら生きてきた。いなくなってしまった父と母のことを思いながら、手を繋いで眠る日もあった。シンシアが喪失感に溺れそうになった時、そっと手を差し伸べてくれたのも姉であるルキナだった。シンシアは目を開き、それから前に広がる荒れ果てた世界を見る。――これも全て、破滅と絶望の「邪竜ギムレー」が復活した為だ。そしてそのギムレーの正体は「彼女」――ギムレー教団の教主ファウダーの子供にして、邪竜ギムレーの血を引く娘、ルフレ。ルフレはルキナとシンシアの父クロムに行き倒れていたところを助けられ、仲間となった。天才的な軍師の才を持っていた彼女は、何度も何度もクロムやシンシアらを救った。辛い戦いの日々にあっても、決して笑顔を忘れない、そんな女性であった。だが、現実とは残酷なものである。彼女は覚醒し、クロムを殺めた。彼だけでなく、多くの尊い命を奪った。シンシアとその仲間たちの両親は皆、その命を落とし、世界はすべての終わりへの道を歩み始めたのである。

あまりにも雨が強くなったので、これ以上進むのは危険だ――そうデジェルが言った。シンシア、ンンとノワールの三人も一度此処で身体を休めつつ雨宿りをしよう、という彼女の提案を受け入れる。ざあざあと降る雨。止む気配はない。高い木の下に四人は座り込んだ。運良くこの辺りには屍兵はいないようだった。シンシアは再び瞼を閉じた。ルフレのことが何度も何度も現れては消え、その間を縫うかのように両親、そして姉の姿がちらつく。ルフレは右手の甲に邪痕というものを宿していた。クロムとルキナの宿す聖痕と対となるものである。それは邪竜ギムレーの器である証。ちなみに聖なる血を受け継ぐ娘であるシンシアに聖痕は出なかったが、クロムの実妹リズもまたそうであるらしいので彼女はあまり気にしてはいない様子だった。ンンが鞄から携帯食を四つ取り出す。太陽が分厚い雲に隠されているせいで時間の感覚が麻痺していたシンシアだが、彼女からそれを差し出されてやっと今が昼食時であるのだと気付く。携帯食は然程美味しいものではない。だが、食べられるだけましなのだ、こんな時代では。邪なる竜の復活のせいで人々は悲しみと恐怖に沈んでおり、家に引きこもる者も少なくない。希望を失いつつある世界。だがシンシアは信じていた。あの戦いで異界からやってきた彼らが自分たちを救ってくれたように、今度は自分たちが非力な人々のために力を尽くし、未来を勝ち取る事ができるだろう、と。

簡単な昼食が終わっても、雨は強く降り続いていた。まだ動けそうにない。本当は早くルキナのいるイーリス城へと向かいたかった。シンシアの髪が風に靡く。姉や、父と同じ色をした髪が。姉の強さはよく知っているし、そう簡単に倒れるような人物ではないとわかっている。それでも心配で、不安で。いま、彼女は神竜の巫女を守りながらあの場所で屍兵などと戦っているはず。聖痕を刻まれたその瞳の眼差しを、シンシアはよく覚えている。ルキナ。シンシアは心のなかで姉の名を呼び、返ってこない返事を待った。世界の為にと振りかざす正義。両親やその仲間たちが勝ち取れなかった未来。絶望の淵に立ち、少女たちは誓うのだ。何があってもあの忌まわしき竜を斃し――沢山の人々の思いと願いを背負い、すべてを終わらせてみせると。


シンシアが気が付くとそこはとても暖かく、柔らかな光の溢れる場所だった。シンシアは戸惑いながらも辺りを見回す。そんな彼女を見て、くすくすという笑う娘がひとり。そちらの方へと視線をやれば、そこにはルキナがいた。彼女だけでなく、父であるクロムと母であるスミアの姿もある。ツインテールの少女が首を捻ると、三人は不思議そうな顔をする。クロムが言った。「どうした?」と。シンシアは答えを探す。しかし探せば探すほど深みに嵌ってしまい、それは見つからない。薄い桃色の花を手にしたスミアがシンシアの名を口にする。その優しげな声色は、記憶の中と同じもので胸が締め付けられた。複雑な表情をする妹に、姉が首を傾げて言葉を紡ぐ。それに続くようにクロムとスミアが笑い、母は娘に手を伸ばす。ここでずっと一緒にいましょう、と言いながら。シンシアの心臓が高鳴った。ずっと欲しかった言葉だ。寂しかった真っ白な日々を、両親の深い愛情が優しい色で染め替え、そして埋めてくれる――それ以上の望みなど無かったからだ。しかしシンシアの心の片隅が揺れる。いったい、ここは何処なのか、という問いかけもよみがえってくる。そんなシンシアを見、スミアが言うのだ。――何も考えないでください、と。どうして?と言う前に世界が震えた。クロム、スミア、ルキナの姿が歪む。ああ、ここは。ここはあたしの望みが生み出した日現実の空間なんだ――シンシアがそう理解した途端、三人の姿が黒い靄となって消えていった。そして世界は元に戻る。絶望の支配する世界へと。


やっと雨が弱まった。しかし、シンシアはそれに気付いていない。妙な感覚が纏わり付いたままだった。大切な人たちに会いたいという願いが。甘えたいという子供らしい願望が。痛みばかりを与えてくる現実を包み込んでいたのだ。あのままあの空間にいたら。あの世界を望んでしまったら、心を失ってしまっていたかもしれない。父も、母も、もういない。その真実はいつだってシンシアの胸に焼きついたままで、皮肉にもその痛みが彼女を現実へと引き戻してくれたのである。そんなシンシアに降り掛かってくる仲間たちの声。そろそろ出発しよう、と三人が言っているのだ。シンシアは頷く。クロムとスミアがこの世から出て行ったのも事実。ルフレがギムレーであるというものもまた事実。しかし、側に仲間がいるということと、ルキナが人々の未来を信じて自分たちを待っているのも事実だ。シンシアは立ち上がった。立ち上がったことで、すぐ側に花がひとつだけ咲いていたことに気付いた。薄い桃色の花。どこかで見たことが有るような、そんな花。こんな世界でも蕾を膨らませ、花開くものがあるということ。それは少女の胸をあたたかなもので満たしていった。

「――行きましょう」

デジェルが言った。まだ雨が上がったわけではない。けれど、たしかに空は少しだけ明るくなっている。ここからイーリス城まではまだ長いけれど、母が愛した花によく似たあの花を思い出せば、自分の足で進んでいける気がした。きっと、みんなは生きて戦っている。セレナたちの無事を祈りながら少女は歩んでいく。泥濘んだ地面は嫌な音をたて、微妙な感覚を与えるけれど、もう立ち止まることはない。月並みだけれど、明けない夜はないのだ。絶望が薄れ、消え行く日はきっと来る。その時まで、力を尽くして戦わなくてはならない。それが両親と、その仲間たちが残した願いであるのだから。


title:泡沫

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