覚醒 | ナノ


fire emblem awakening

「――ああ…また失敗してしまいました…」

ため息を吐きスミアが零す。男性陣が昨日のうちにたくさん集めた薪に火をつけ、何やら料理をしていたスミアだったがフライパンの上にあるものは真っ黒に焦げている。そして彼女の瞳は潤んでいた。いったい何回失敗を繰り返しただろう。あの人のために頑張りたいと思っているのに、どうして出来ないのだろう――また「落ちこぼれ」の自分が見つかって嫌になる。諦めかけたその時だった、聞きなれた声が彼女に降りかかったのは。

「何をしてるの?スミア」

くるりと身体を動かす。視界に飛び込んできたのは、長い髪の女性。その長く赤い髪が春の風によってさらさらと揺れている。そして手入れの行き届いたぴかぴかの鎧を身に着けている。

「あっ…ティアモ……」

ティアモはスミアの幼馴染みであり、親友である。スミアと同じくペガサスナイトである彼女は何をやらせても並み以上にこなせる天才。だがそのために悩みも多く、スミアは時々彼女の相談役となっていろいろなことを話してきた。逆にスミアもまた彼女に悩みを相談することもあった。何かと支えあってきた二人は、イーリス聖王国の王子クロムとの旅の中でもこれまでのように支えあい、そして励ましあい、戦っている。ティアモは辺りを見回し「見張りのルフレたちを除くと、起きているのは私たちだけね」と微笑した。早朝。少し離れた場所で軍師であるルフレと自警団の副長フレデリクが火を囲んでいた。視線を感じたのか、フレデリクがティアモとスミアに会釈する。ルフレがそれに続き、二人も頭を下げ、それからスミアはティアモからの問いかけに答えた。――お疲れのクロム様に特別なお弁当を作って差し上げたい、と。

「あら、そうなの?」

ティアモがちらりとフライパンや鍋の中を見る。それから苦笑いする。鍋の中には茹で過ぎた野菜が泳いでいた。うーん、とティアモが腕を組んだ。言葉を探している。そんな彼女の真上を白い鳩が飛んで行く。基本的に鳥は早起きだ。森の奥では小鳥の囀りが響いている。

「私には無理なのでしょうか……」

スミアが言う。手にした箸を置き、それからティアモの目を見た。彼女の瞳は澄んでいてとても綺麗だった。それにスミアの姿が映っている。ティアモは言葉を探し続けた。――このままでは「私には無理か、無理じゃないか」で花占いを始めてしまうかもしれない。マリアベルから聞いた話によれば、自警団のリーダーであるクロムのことが心配で心配で、花をたくさん散らし部屋を花びらだらけにしてしまった事があったらしい。マリアベルの呆れ顔を思い出して、ティアモは口を開く。

「――大丈夫よ。諦めないで、スミア」
「ティアモ……」
「クロム様、きっと喜ぶわ。あなたはクロム様の喜ぶお顔が見たいのでしょう?」

彼女が笑った。今度は苦笑いではなく、やさしい微笑み。

「はいっ…!」

スミアは頷く。頭の中に浮かび上がったクロムの姿。毎日のように思い描く彼の姿が。それと同時に、ティアモの脳裏にもクロムの姿が過る。ティアモもまたクロムを想っている、が、スミアもクロム本人も気付いていない。そしてティアモ自身がその想いが実らぬものだと知っている。だから、ティアモが想いを口にすることはない。つまり、ふたりはそれに気付かない。スミアのクロムへの思いを知っている彼女は、身を引いて親友を応援する立場になることを選んでいた。スミアが作ってくれる弁当なら、きっと喜んでくれるはずだ。ティアモもまた、彼の喜ぶ顔が見たかったのだ。彼への想いが芽生えた心を持っているからこそ、スミアの背を押せるのだろう。

「あたしも手伝うわ。まずはコレを片付けないとね」

再び白い鳩が頭上を飛んだ。先ほどとは別の個体だろうか。もしかしたら同じ個体かもしれない。鳥はどんな色の世界を見ているのだろう。戦う人間たちを見てどのように思っているのだろう。鳩は平和の象徴であるという。いつかこの世界から争いが消える日は来るのだろうか。ティアモはちらりとそんなことを考えてから、スミアと共に片付けを始めた。


――それから数日後。ティアモは毎日クロムの為にと頑張るスミアの手伝いをした。買い物から、片付けまで。だが今日は違った。買い物には付き合ったが、それが終わるとスミアのふたつの目を見てこう言ったのだ、「ここからはあなた一人で頑張る番よ」と。スミアはその目を丸くした。数えてみれば十五回目の挑戦になっている。そろそろ一人で頑張らねばならない、親友はそう言うのだ。ティアモは優しさを厳しさを持った女性だ。スミアの為に、彼女はそう言っている。スミアは頷いた。不安は拭いきれていない。だが、やるしかなかった。クロムの為だけではない、彼女が言うように「自分」の為にも。スパイスで野菜の苦みを誤魔化し、クロムの好きな味付けにする。フライパンで火にかけられた野菜が美味しそうな香りを放っていた。スミアが微笑む。どうやら失敗せずに済んだようだ――少し離れた場所でルフレと話していたティアモが一瞬、スミアのことを見て確信した。やれば出来るのよ、と心の中で呟く。スミアは出来上がったものを弁当箱に丁寧に入れ始めた。それとほぼ同時に天幕からクロムが出てきた。きっと今日の昼食になるであろうそれの存在には気付かずに。今度はスミアがティアモの方を向いた。絡まりあった視線。ティアモが「よく頑張ったわね」と言ってくれた気がした。ティアモが目線をルフレに向け、スミアはクロムに目線をやる。彼は妹のリズやフレデリクと話を始めている。弁当箱を布で包んで、一度しまい込む。日は昇ったばかりで、空気はまだあたたまりきってはいない。だがスミアの心は既にあたたまっていた。芽が伸びている。太陽を目指して、水を受けながら。蕾が付いている。今日の正午頃、その花はきっと咲くだろう、クロムという大切な存在に向けて。大輪の花が――。


title:空想アリア

[ back to top ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -