覚醒 | ナノ


fire emblem awakening

よく晴れた日の昼下がり。クロムたちは町に隣接する、深い森にいた。夜な夜な森の方角から現れて、町を襲う屍兵を倒して欲しい、そう町の人々から懇願されて。昼食後。クロムとその仲間たちは、武具の手入れや、話し合いなどをしている。天幕の中で休憩をとる者もいた。自由な時間。それは過酷な戦いの道を行く彼らにとっては、ほんの僅かな時に過ぎない。けれど、皆満ち足りているようだった。何故なら、これは大切な仲間たちと過ごす、大切な時間だから。
自分の武器――“ファルシオン”を手入れし終えた、イーリス聖王国の王子クロムはとある女性を探していた。あちらこちらを見回す。すると、赤い髪の女性と目があった。

「クロム様?」

彼女が首を傾げる。ティアモだ。イーリス聖王国の天馬騎士であるティアモだ。長い髪が風で揺れており、大きな瞳はクロムをとらえている。彼女の手には槍があった。ひとりで槍の手入れをしていたのだろう。

「ティアモ。スミアが何処にいるか知っているか?」

クロムが問いかけると、ティアモはああ、と頷いて遠くの方を指差した。クロムがその方向に視線をやると、彼女が視界に飛び込んできた。どうやらペガサスの世話をしているようだ、スミアのペガサスは愛おしそうに主を見ている。そのペガサスを撫でるスミアの眼差しもまたとても優しかった。ありがとう、とティアモに言い、クロムは歩き始めた。スミアはまだ彼に気付いていない。

「スミア、ちょっといいか?」
「は、はい!クロム様…!あっ!」

クロムの声に振り向き、駆け出したスミアが転倒した。ばたっという音が響く。仲間たちの集まっている場所から少し離れている為、スミアが転倒したのを見ていたのはクロムとスミアのペガサスだけだった。

「だ、大丈夫か?」

クロムが駆け寄り、問う。ペガサスはその場に立ち尽くしたまま、スミアを見ている。ペガサスも、心配そうな瞳をしていた。

「あいたたた…大丈夫、です…」
「…立てるか?」

クロムはスミアに手を差し出す。スミアはその手を取り、起き上がる。手と手が触れ合って、スミアは少しドキドキした。クロムは優しくそんな彼女を見ていた。手が離れる。ぬくもりを残して。ずっと繋いでいたい、だなんて狡いことを考えてしまう自分。スミアはぶんぶんと首を振り、それを振り払った。彼はどうした、と言いたげな目をしている。スミアは膝やら手やらについた砂をはらい、クロムを見て悲しそうな声を発する。

「わ、私いつもこうで…ドジで……何やっても、ティアモやクロム様みたいに、うまくいかなくて……」

どんどん言葉がか細くなる。吹き抜ける風にさらわれる言葉たち。それでもクロムの耳には全てが届いていた。彼は穏やかに笑う。とてもとても、穏やかに。そして、口を開いた。

「気にするな。俺はそんなスミアも、す――」

そこまで言って、ハッとした。――俺は、今何を言おうとしたんだ?、クロムは自分に問いかけた。答えは自分の胸の奥底にある、クロムはそのことにも気付いていた。だが中途半端なセリフとその答えを押し込んで、彼は、ははと笑ってみせた。

「クロム様…?」

スミアが首を傾げた。風は彼女の柔らかそうな髪をも弄ぶ。

「あ、いや、何でもない。それより擦りむいてるじゃないか。リズに回復してもらうか?」

クロムが指差した。スミアの足には痛々しそうな傷があり、血も滲んでいる。リズ、とはクロムの実の妹。即ち、イーリス聖王国の姫のことである。彼女は杖で仲間たちを回復する役を担っているのだ。

「いえ…痛くないですし、大丈夫です」

彼女が首を振り、微笑した。このくらいの傷なんて、大したことはないと。だがクロムは真面目な顔をして、

「ダメだ。菌が入ったら大変だろう」

と、言ってスミアを抱きかかえた。えええ、とスミアが驚きの声を発し、そして顔が真っ赤になる。重いですから下ろしてください、と彼女は叫ぶ。だがクロムはスミアを抱えたまま、仲間たちのいる場所へと歩んでいく。叫び声はスミアとクロムが思っていた以上に大きかったらしい、皆、ふたりを見ている。クロムがリズを呼ぶと、彼女は友人のマリアベル、軍師のルフレ、そして先ほどひとりで槍の手入れをしていたティアモを引き連れて駆け寄ってきた。クロムがスミアをおろす。赤い傷を見て、リズは目を丸くした。そしてマリアベルにも力を貸して、といい、マリアベルも頷き、ふたりで治療をはじめた。ルフレは「何があったの?」とクロムにたずね、ティアモは心配そうな顔でスミアを見る。そんなティアモとスミアは長い付き合いで、そして親友でもある。リズとマリアベルがスミアの傷を癒やしている間、クロムはルフレと会話していた。いろいろと話すことがあるらしい。クロムがルフレと話し終えた頃。スミアの傷は完全に癒えた。スミアはリズとマリアベルに感謝の言葉を口にし、ティアモに心配かけてごめんなさいと謝った。いつの間にやら、クロムとルフレはスミアたちの側から消えていた。親友のティアモがスミアにたずねた。「クロム様はスミアに何の用だったの?」と。スミアはあっ、と声をもらす。そう言えばクロムはスミアに何か言いたいことか、頼みたいことがあった筈だった。はあ、とティアモがため息を吐く。スミアは苦笑し、「クロム様に聞いてきます」と言って彼を探しはじめた。もうすぐ、自由時間は終わる。――その前に、行かなくちゃ。クロム様のもとへ、と。


「……クロム様。私に何かご用があったのでは?」
「あっ」

スミアはフレデリクと何か話していたクロムを発見し、そう言ったのだが――クロム本人も忘れていたらしい。ふたりは笑った。フレデリクが何事かと訝しんでいた。

「いや…ただ、スミアと話したかっただけなんだ。わざわざすまない」

クロムがそう言えば、スミアはえっ?と声を落とした。ふたりに挟まれるように座っていたフレデリクが何かを察して、その場から音もたてずに離れる。クロムとスミアの間にある、空間がじわじわとあたたかくなっていく。話したかった――ただ、それだけだったのだ、ふたりは少しずつ熱を抱く空間を埋めて、見つめ合った。そして笑う。私もクロム様と話したかったです、とスミアは心の中で告げる。言葉にしなくても、クロムはわかっているはずだから。時間が流れていく。好き嫌いを占うだけの花は、もういらない。――あなたとならば。


title:確かに恋だった


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