覚醒 | ナノ


fire emblem awakening

月の明るい夜だった。辺境の町を包む月光と風の中で、ひとりの少女が歩いている。腰に剣をさげ、辺りを見回しながら。少女はある場所を目指していた。町のはずれにある、小さな公園。高台にあるそれはとっくに明かりを消した家々を見下ろしていた。公園の灯は辛うじて光を灯しているものの、弱々しい。しかし月が明るいので、それ程暗くはない。少女は公園に入ると、木で出来たベンチに腰をおろした。ベンチは朽ちていた、が一応座ることは出来た。大分昔からここに置かれているのだろう。少女は目の前に広がる闇を見た。眠れないから、こんなところまで来てしまった。はあ、と溜め息を吐く。再会してからずっと共に戦っているせいだろうか。すこし“母”に似てきたかもしれない、等と少女――セレナはまた溜め息を吐いた。セレナの母親――ティアモは、何をやらせても完璧にこなす天才。幼い頃からよく出来た母と比較された結果、セレナの性格はねじ曲がってしまった。それをセレナ自身、自覚しているというのがまた何とも言えない。
セレナたちの生きていた未来では、ティアモたちは戦いに敗れ、命を落としていた。絶望の未来。世界の滅亡を阻止すべく、セレナたちは立ち上がった。神竜族の王――聖なる竜、ナーガの力によってセレナたちは過去へやってきたのである。あんな悲しい未来を成立させる訳にはいかない。セレナには仲間がいた。友人がいた。彼らがいたから、やってこれた。彼女たちがいたから、母や父とも再会することが出来た。そして、今、セレナはイーリス聖王国の王子クロムと共に戦っている。もちろん、破滅に向かっていた未来で共に生きてきた仲間たち――クロムの娘ルキナ、オリヴィエの息子アズール、ルフレの息子マーク、セルジュの息子ジェローム、リズの息子ウード、サーリャの娘ノワール、ノノの娘ンン、スミアの娘シンシア、マリアベルの息子ブレディ、ソワレの娘デジェル、ミリエルの息子ロランも一緒だ。もちろん、彼らの父母もまた。それでも、悲しみの記憶は消えることがない。肉体の痛みは時が経てば癒えるが、心の痛みはそう簡単には癒えない。傷口から溢れ出すものは、悲しみと混ざり合う。そして、乾くことなく在り続ける。暗闇のなか、ひとつだけ光る存在――月を見上げて、セレナは思う、これからのことを。もし、未来が変えられなかったら?そして、あの邪竜ギムレーが復活し、愛する人々をふたたび失ってしまったら――気付かぬうちに、両眼から涙が溢れてきた。大好きな母と似た色をした瞳から。セレナはそれをかき消すように目を擦る。そんな未来を成立させるわけにはいかない、だからやってきたんじゃないか、ルキナたちと一緒に、この時代へ。クロム様やルフレさんもいるじゃない、とセレナは自分らしくないことを考える自分を、仲間の姿で埋める。何があっても、諦めないと決めた。何があっても、もう二度と母の手をはなさないと決めた。セレナは立ち上がる。夜風と少女の長い髪が踊った。


「おかえり」

宿に戻ってきたセレナを出迎えたのは、シンシアだった。随分と前になるが、シンシアとセレナは三つの競争をして勝敗はつかなかったものの、お互いを認め、友情を深めたことがあったのだ。セレナの母であるティアモとシンシアの母であるスミアが親友なのだから、自分たちも仲良くなる運命だった――だなんて話をした記憶もある。

「あ、あんた何で起きてるのよ!?今何時だと思ってるの!?」
「それはこっちのセリフだよっ!」

シンシアが眉をつりあげる。

「目が覚めたら隣のベッドで寝ているはずのセレナがいないんだもん。あたし、ビックリしたよ!だからって寝てるノワール起こすわけにもいかないし……しかも剣まで消えてるから、外に行ったんだと思って階下におりてきたんだからね!」

シンシアが大きな声でそんなことを言うので、途中セレナは「ちょっとボリューム下げなさいよ」と言ってしまった。それを聞いたシンシアは少し声をさげ、それでも怒りの表情は緩めぬままセレナと向かい合う。セレナは誰かおりてくるのではないか、と思ったのだ。だが幸い、シンシアの声は階上に届かなかったようだった。それを安心するセレナに向かって、シンシアは尚も口を開く。ぶつかり合うことが多いとはいえ、シンシアにとってセレナは大切な仲間だ。黙っていられなかったのだろう。

「心配かけて、悪かったわよ……。あのさ、シンシア……この事、母さんには言わないでくれない?」
「…反省したならいいよ、それにあたしティアモさんに言うつもりもなかったし」

微笑んでシンシアが立ち上がった。いつもふたつに結っている髪が、おろされているのでちょっと違った印象を受ける。それはセレナもまたそうなのだが。シンシアが口に手をあて、欠伸する。ぼんやりとした明かりの中、壁掛け時計の針を見ればもう二時半だった。明日も早い、というより起床時間まであと五時間ほどしかない。しかし眠れずに宿を出たセレナが、これから眠れるかは微妙だった。

「セレナ?」

階段をあがろうとしていたシンシアが、振り返って友を見る。不思議そうで、そして心配そうな顔をして。

「……もしかして、セレナ、眠れないの?」

シンシアがセレナに駆け寄る。俯き気味の友の肩に、温かな手を置く。セレナは何も言わなかった。言わなかったけれど、それは肯定と同じだった。シンシアは少女の肩に置いた手を動かし、少女の手を両手で包む。外に出ていたから当たり前と言えば当たり前なのだが、セレナの手は氷のように冷たかった。そう、セレナはベッドに入ってもあの悲しい記憶を思い出してしまい、なかなか眠れずにいるのだった。その悲しい記憶を、あたたかく穏やかなもので上書き保存したいと心の底から思っているのに。

「大丈夫。みんな、セレナの味方だから。みんなみんな、もちろんあたしも――セレナを独りになんかしないよ!」
「シンシア……」
「それにあたしね、この前ティアモさんとお話したんだよ。その時ティアモさんが話したのは、ぜーんぶセレナのことだった。もう絶対、独りにしない、って言ってたんだ」

あの時のティアモさんは、とても優しい目をしていたよ――シンシアは瞼を閉じて言う。瞼の裏側に、その時の光景が焼き付いているのだろうか。また、セレナの瞳からなにかが溢れ出してきた。自分は独りじゃない。未来は変えられる。様々なあたたかい想いが胸の中で湧き出て、それが冷えた少女を包み込んだ。そしてセレナは気付く。自分に向けられた愛情と友情の深さや、強さを。

「だから、大丈夫。だから今日はもう寝よう」

シンシアがセレナに笑む。セレナもやっと笑った。時計の針が、カチコチと音をたてる。時が刻まれる。ふたりはゆっくりと、静かに階段をあがる。セレナ、シンシア、そしてノワールの部屋の扉を開ける。一番窓際のベッドにはノワールが眠っていた。本日二回目の「おやすみ」を交わし、ふたりは何もなかったかのように布団にくるまる。あたたかかった布団はとっくに温もりを手放していたけれど、寒くはない。胸に、熱い希望の灯火がある限り。


title:空想アリア


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