覚醒 | ナノ


fire emblem awakening

「……」

赤い髪の女性がひとり、空を見上げている。黒に染まった空を。きらきらと輝く星をこぼした空を。彼女の長い髪は夜風に弄ばれて踊っている。季節は夏だった。この時間帯になっても、まだ蒸し暑さが顔を覗かせている。そんな彼女に、ゆっくりと歩み寄る、人の影。彼女はその人物に気付いていない。夜空と、そこで煌めく星に見入っているからだ。ざあ、と少し強い風が吹いて、それが足音などの僅かな音を運び、彼女はやっと振り返る。揺れる赤。開かれた、大きな瞳。それに映ったのは――。

「く、クロム様…!?」

クロムと呼ばれた青年は、優しげな表情をしていた。濃紺の髪が、夜に溶けている。

「ティアモ。ひとりか?」
「え、ええ……」

彼女――ティアモはクロムの問いかけに対して素直に答える。自分はひとり空を見ていた。仲間たちの輪からそっと外れて。クロムはそうか、と言って、彼女に倣うように夜空に視線を向ける。その青い瞳が黒に染まっていくのを見て、ティアモは胸の鼓動が早まっていくのを感じた。イーリス天馬騎士団の一員であるティアモは随分と前から、自警団のリーダーであり、イーリス聖王国の王子クロムに好意を抱いていた。だが、それと同時にそれが叶わぬ想いであることにも気付いていた。なんでもそつなくこなす彼女は「天才」と呼ばれていた。だが彼女にも「恋愛」という苦手なものがあったのである。そしてティアモは親友のスミアがクロムに惹かれているということ、クロムもまた何かとスミアを気にかけているということも知っていた。ふたりは少しずつではあるが、距離を縮めつつある。ティアモは親友としてスミアの想いを尊重し、応援する立場に立つことを選んだ。クロムへの想いが消えたわけではない。クロムという男性は彼女にとって、きっと忘れられない人物なのだろう。それを証明するかのように、彼女の頬が赤く染まっていた。暗い夜であるから気付かれない。それは救いでもあった。

「スミアが捜していたぞ」
「スミアが…すみません。それじゃあ、あたし、失礼します」

ティアモが頭を下げた。共に戦う仲間であるとはいえ、クロムは王族。王族に仕え、王族を守るのが天馬騎士の役目。立場は弁えなくてはならない。さらさらと揺れる赤い髪。クロムの髪もまた風に揺れている。ティアモがそこから去ろうとした時だった。彼がふたたび、名を呼んだのは。

「――えっ?」

彼女が振り返る。夜で、辺りが暗いというのに、クロムにはティアモのふたつの瞳がとても綺麗に見えた。まるで、高価な宝石のように思えたのだ。

「何か御用でも…?クロム様」
「いや……用というか、なんというか………そうだ。こ、此処で何をしていたんだ?」

クロムは絞りだすかのように問いかける。ティアモは不思議そうな表情をしていた。そのような疑問を投げ掛けられるとは思っていなかったらしい。ティアモの方も、必死になって言葉を探す。そして、口を開く。薄紅色の唇が発する、小鳥のような綺麗な声。

「いえ。…ただ、星を見上げていただけです」
「そうか。好きなのか?」
「そう…ですね」

彼女が一度、言葉を切る。

「――あたし、昨日誕生日だったんです」

クロムはそれを聞いて、言葉を発そうとした。しかし、彼女の台詞はまだ終わっていなかった。

「そうしたらスミアが祝ってくれて。…って彼女は毎年祝ってくれるんですけど、その時、七の月の七の日は夜空で輝く星の恋人たちが一年に一回だけ会える、特別な日だ…っていうお話を聞かせてくれたんです。スミア、本が好きだからそういうの詳しいんですよ。それで――一日遅れてしまったけれど、星を見てみたいな…なんて思って」

クロム様に迷惑かけてしまいましたけど、とティアモが苦笑いしながら付け加えるとクロムは首を横に振った。迷惑だなんて思っていない、と。ティアモが彼の名前をぽつりと呟けば、彼は彼女がそうしていたように空を見上げる。

「そうか。誕生日だったんだな……遅れてすまないが、祝わせてもらう。おめでとう、ティアモ」
「すまないだなんて…そんな。あたし、嬉しいです。ありがとうございます、クロム様」
「――来年は皆で祝おう。そして、皆で星を見よう。約束だ」
「クロム様……」

ティアモの瞳が潤む。想いは届かなくても、優しさに触れることは出来るのだと知って。心は満たされていた。あたたかで、柔らかで、そして真っ直ぐで。そんな彼にだからこそ、親友を託せる。そんな風にも思えた。ふたりの頭上で光を放つ星が、線を描いて消え落ちていった。ティアモも、クロムもそれを見ることは出来なかったが、心に芽生えたひとつの願いは星に届いている。必ずや叶う、約束として。クロムは彼女の瞳が光っていることには気付いていないようだったが。

「……スミアが呼んでいるんでしたよね。あたし、行きますね。本当にありがとうございました」
「ああ。俺はもう少ししたら戻る。ルフレに伝えておいてくれないか?」
「わかりました。では」

赤い髪の彼女はぺこりと頭を下げ、小走りで仲間たちの元へと急いだ。ルフレは天幕の前でぱちぱちと爆ぜる炎をクロムの妹であるリズ、自警団の騎士であるソールと囲んでいた。ルフレに短い伝言を伝えると、ティアモはスミアのいる天幕へと入っていった。スミアが花のように微笑む。なんだかティアモ、嬉しそうですね、と。


title:泡沫

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