覚醒 | ナノ


fire emblem awakening

ひんやりとした冷たさを孕んだ風が通り抜けていく。ここは、イーリス聖王国西部の街。すべてを見下ろし照らす太陽はゆっくりと西へと傾き、広い空は茜色に染まっていた。この街にある宿の二階で、フェリア国の剣士であるロンクーは横になっていた。――怪我をしたのだ。利き腕には、包帯がぐるぐると巻かれている。しばらく戦うことは出来ないだろう。ロンクーの妻であるティアモはため息をついた。長い赤髪がさらさらと揺れている。ロンクーは、屍兵の攻撃から自分を庇って怪我を負ったのである。それは三日前のことだった。大量の血を失って荒い息をする愛する人の姿を見て、人を守るために戦うことが仕事である天馬騎士でありながら自分は――とティアモは涙を零した。視界は赤かった。ロンクーはただ妻の頬に傷付いていない方の手をやって、大丈夫だと繰り返した。一人娘のセレナも瞳を潤ませていた。いつもは反発してばかりの彼女も。そしてクロムたちはしばらくこの街に滞在することとなった。もともと数日間、この街にとどまる予定ではあった。だが、ロンクーはそれを酷く気にしていた。自分のせいで仲間たちに迷惑をかけてしまう、と。だがリーダーたるクロムは首を横に振る。迷惑、などと思っていないと。それに、屍兵の討伐もまだ終わっていないのだ。クロムはティアモに「ロンクーをみていてくれ」と頼んだ。クロムがロンクーをひとりにすることを心配しているのもあるが、今の彼女は戦場に立てないほど沈んでいたのだ。ふたりの娘のセレナはというとクロムらについていき屍兵と戦うことになった。セレナも父のことが気になっている様子ではあったが、それを母に託し父を傷付けた屍兵を必ずこの手で倒すと誓ったのだった。ティアモはひらひらと手を振ってクロムやセレナとその仲間たちを見送ってから、階段を静かにのぼっていく。響く足音はとても小さい。ロンクーが横になっている部屋の前に到着すると、木製の扉をノックする。ちなみにこの宿は部屋ひとつひとつに花の名前をつけていた。彼がいる部屋もまたそうである。ロンクーからの返事をうけてから、ティアモは扉を開ける。きぃ、という音がやけに高く響いた。

「……ティアモ」

ロンクーが身体を起こす。ティアモはそれを止め、横になって、と口にした。ロンクーが僅かに笑った。そして身体を寝かせ、ふたつの澄んだ瞳に最愛の人を映す。そして彼はその人物が泣きそうな表情をしていることに気付く。ティアモはゆっくりと彼の側へ歩んだ。時計の秒針が正確に時を刻んでいる。少しだけ開いている窓から顔を覗かせる微風。カーテンがそれに弄ばれている。

「大丈夫ですか…?ロンクーさん…」
「ああ」

昨日よりいい、とロンクーが答えればティアモの表情から陰りがほんの少しだけ消えた。しかし、彼女は震えている。ロンクーもそれに気付いている。

「あの…」

発したい言葉が――ごめんなさい、という言葉がなかなか出てこない。心がぐらぐら揺れている。自分のせいで彼は怪我をしてしまった。大切な人を苦しませてしまった。自分の弱さが浮き彫りになる。だがロンクーは身体を静かに起こして、利き腕ではない方の手でティアモの手を取った。若き天才騎士である彼女のそれは、戦うことを知らない一般の女性の手とは異なる。けれども、その温かさと優しさは本物だった。相手の手から、ぬくもりが伝わってくる。永遠の愛を誓ったふたりに、これ以上の言葉は必要なかった。ただ、こうして側にいるだけで。ただ、こうして触れ合っているだけで――永久の愛情を感じ取ることが出来るのだ。

少し開いた窓から、小鳥の歌声や住人たちの話し声がする。けれども、ロンクーとティアモの耳にそれは入らない。いま、ふたりはふたりだけの世界で互いに相手の存在を確認している。そして、これから先のことを胸の中で語り合っている。ロンクーは女性が苦手だった。だが、ティアモという女性を愛することが出来た。ティアモは何でもこなせる天才と呼ばれるが、恋はどうも苦手だった。だが、ロンクーという男性との恋を愛へと変化させることが出来た。震えていた彼女も、彼への想いと彼の彼女への想いがそっと繋がっていくのを感じ、その震えが消える。ふたりの間には、赤い糸。決して解けたり切れたりしない、丈夫な糸。ティアモはやっと微笑むことが出来た。

しばらくティアモはロンクーを見ていた。もう太陽は沈んでいて、外の世界は薄暗くなっていた。夜の足音がする。ティアモは窓辺へ歩み、それとカーテンを閉める。クロムたちはまだ帰ってこないだろう、この街を襲う屍兵が活発化するのは夜である。だから、まだしばらくこの宿でふたりきり。ティアモは自分の過去の話を少しだけし、その部屋を出た。本当は同じ部屋にいたい。だがティアモは首を横に振る。ロンクーを休ませるべきだ、と分かっているからだ。彼は妻の話を聞き、胸がじんわりと温まっていくのを感じた。扉が閉まる。続きはあなたの傷が癒えてから、という彼女の台詞が響き渡る。まだ、知らないことが互いにたくさんあった。ロンクーは扉を見つめてから、微かに笑ってみせる。人を愛すること。人に愛されること。それを教えてくれた最愛の女性に向けて――。ロンクーは瞼を閉じた。今から落ちる、眠りの世界にもティアモは現れるかもしれない。そして、それはとても倖せなことである。ここでない世界でも、共に在ることが出来ることは。そのようなことを思いながら、彼はその世界に足をつけたのだった。


title:泡沫


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