覚醒 | ナノ


fire emblem awakening

目に眩しいほどの緑が覆う林の中で、スミアが真っ白なペガサスに餌を与えている。スミアはとても優しい眼差しで相棒を見ている。あの日、スミアとペガサスの間に絆が生まれた。落ちこぼれで自信が持てなかったスミアは、かけがえのない相棒を得たのである。その事を嬉しく思ったのは彼女だけではなく、自警団のリーダーであるクロムも、彼女の親友であるティアモも同じ思いを抱いた。季節は春。時々寒い日もあるが、基本的に暖かく過ごしやすい季節。スミアは春が好きだった。花占いを趣味とするスミアは、花自体も好きだった。凍てつく冬の寒さを乗り越え、頑なに閉じていた芽や蕾が開く、目覚めの季節。ペガサスは美味しそうに餌を食べている。ちょうど太陽も真上に昇り、燦々とした光を降らせていた。スミアたちはこの林の先にある町を目指していた。なんでも、屍兵が出るというのだ。イーリス聖王国南部の、小さな小さな町にまで。

ペガサスに餌を与え終えたスミアは、相棒に少し待っていて、と告げて仲間たちのもとに戻った。そこにはクロムやリズ、フレデリクといった仲間たちの姿があったが、親友ティアモの姿がなかった。恐らく、彼女もスミアのように愛馬に餌を与えているのだろう。スミアはゆっくりとクロムの側へと向かう。クロムは狩ってきた獣の肉を食べている。隣にはルフレがおり、彼もまた食事中だった。リズとフレデリクはパンを千切りながら食べている。どうやら、ふたりがあまり好まない肉を食べているようだ。スミアは「ここ、良いですか?」と訊ね、答えを待ってから腰をおろした。そこはクロムの右隣である。左側にはルフレが座っていた。クロムがスミアに肉を渡してくる。それを受け取って、礼を言い、それから口に運ぶ。今日は本当に天気が良い。緑に囲まれているせいだろう、とても空気が美味しい。ここだけ切り取ってみれば「平和」で「穏やか」だった。けれども、それは世界のほんの一部を覗き込んで、たまたま穏やかな映像が目に映っただけである。争いごとは絶えず、屍兵は人間を襲う。賊も増えるばかりだ。そして、クロムたちにはやるべきことがあった。

食事を終えたスミアが、静かに立ち上がって輪を抜ける。それは鳥の羽がそっと抜け落ちていくのになんとなくだが似ていた。クロムがそれに気付いて彼女を追う。妹のリズがなにやら笑っているが気にせずに。いつの間にかティアモの姿もあった。彼女はロンクーと何やら話し込んでおり、ふたりが輪から抜けたことに気付いてはいない様子である。ちなみにロンクーは女性が苦手なのだが、天才と言われる天馬騎士のティアモと話すことは嫌でないらしい。スミアはペガサスのもとへと急ぐ。かけだしたかと思えば、見事に転び、追うクロムは声を発してしまった。しかしスミアの耳には入らなかったらしい。立ち上がって、付着した砂を払いまた走り出す。クロムは少し心配そうな目でスミアを見、彼もまた走り出した。頬を掠める風は、とても柔らかかった。

スミアはペガサスを撫でる。聖母のような優しく、穏やかな瞳を向けて。ペガサスもまた白い翼を羽ばたかせる。それは神の使いである天使を思わせた。ペガサスがクロムの気配に気付き、視線を彼がいる方向に向けて小さく鳴いた。やっとスミアもクロムの存在に気付いたらしい、大きな瞳を丸くして彼を見る。

「クロム様…?」

小鳥の囀りのような声。クロムは頬を赤らめる。なんとなく気になってついて来てしまったのだと素直に言うと、スミアは笑った。春の野山に咲く、花のように。ペガサスを撫で、彼女は言う。この子もクロム様が来てくれて喜んでいます、と。それを肯定するかの如く、相棒が小さく鳴いた。クロムもはは、と笑った。いま、ここにいるのはクロムとスミア。そしてスミアのペガサスだけ。小さな秘密の園。そこには色とりどりの花が咲き乱れており、よい香りを風に託している。降り注ぐ黄金色の光はやさしく、緑もまたやさしい。クロムはスミアのすぐ隣へと動いた。彼女がまた彼の名を紡ぐ。彼も彼女の名を紡ぐ。ちいさな想いが芽生え、時間をかけて根をはり、枝を伸ばして蕾をつける。花開く日が、いつか来る。ふたりは初めて手を繋いだ。緑の中で。相手の手と自分の手の違いに、少し驚きながらも。スミアはクロムの力になりたい、と願う。クロムもスミアを守りたいと願う。クロムはぎゅっと手を握り、その願いを誓いへと変える。その時、ざあっと風が通り抜けていった。彼女の心臓がトクンと鳴る。そんなふたりを、ペガサスだけが見ていた。あの日――スミアとクロムが共に跨ったペガサスが。


title:確かに恋だった


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