覚醒 | ナノ


fire emblem awakening

窓硝子を打つ冷たい雨の音でセレナは目を覚ました。寝ぼけ眼を手で擦りつつ身体を起こして壁かけ時計を見れば、まだ随分と早い時間。また眠るという選択肢もあった。だが、二度寝をしてきちんと起きられる自信がなかった。セレナは出来るだけ音を立てぬようにしながらベッドから抜け出す。隣のベッドで寝息をたてるシンシアと、シンシアの隣で眠るルキナ。ふたりを起こさないように、と。長い髪がさらさらと踊った。その髪をいつものようにふたつに結い上げる。幼い頃は自分ではうまく出来なくて母にやってもらっていた――そんなことを思い出しながら、セレナは階段をおりていく。誰もいないだろう、そう思っていたのだが――。


「……セレナ?」

おりてきた彼女に降りかかる声。それは、毎日聞いている声だ。彼はいつものように微笑しており、読みかけの本に栞を挟んでパタンとそれを閉じる。彼とセレナの間で響き渡る雨音。セレナは言葉を失った。何故、こんなに早い時間に彼が起きているのか。疑問がふわふわと浮かび上がっていく。

「こんな早く…どうしたの?」
「そ、それはこっちの台詞よ!アズールこそどうして――」

セレナが声を荒げると、彼――アズールはまた笑った。その優しげな笑みは母のオリヴィエ譲りだ。彼は先ほどまで読んでいた本を左手で持ち上げ、タイトルがでかでかと書かれた表紙をツインテールの少女に見せる。雨音なんて、もうどうでもよくなっていた。

「……踊りの…本…?」
「そ、そうだよ!」

アズールは顔を赤らめる。恥ずかしがり屋な部分もまた、オリヴィエに似ている。何故、彼がこれほど迄に恥ずかしがるのかセレナにはよくわからなかった。セレナがそんなことを考えている間にアズールは本をしまい込んでしまった。

「セレナこそどうしてこんなに早く?」

朗らかな彼を見て、頬のあたりが熱くなるのを感じた。もしかしたら、顔が真っ赤になっているかもしれない――そんな風に思うとまた体温が上昇していく。それを知っているのか、知らないでいるのか。それとも、知らない振りをしているのか、アズールは微笑んだままだ。「なんとなく目が覚めちゃっただけ」となんとか台詞を紡げば、そうなんだ、とアズールは言う。「僕と話す為に起きちゃった、って事にすれば?」などと付け足す彼。セレナは狼狽える。何故そんな事が言えるのだろう、などと考える余裕もない。心臓が高鳴る。頬は林檎のような色になっているに違いない。先ほどまでの「もしかしたら」、なんてレベルでは無い。アズールは笑う。それが気に食わないけれど、どうして気に食わないのかがわからない程に、セレナの思考回路はぐるぐると絡まり合ってしまった。ショートする一歩手前である。そんなセレナにアズールはふたたび口を開いた。

「――僕もそういうことにするから」

恥ずかしがり屋な彼は隠れてしまったらしい。アズールは栞を挟んでいた本から栞をすっと抜き、そんな言葉を口にした。セレナは溺れている。思考の海で、もがいている。セレナに差し伸べられたのはアズールの右腕。少女は躊躇った。胸の中にふたりの自分がいる。素直になれない自分と、素直な自分。僅かながら後者のほうが強いようで、セレナはアズールの腕にしがみついて果てない海から陸へとあがる。そこでアズールは春に咲く可憐な野の花のように笑うのだ、「セレナ」と名前を口にしながら。セレナもまた「アズール」と呼び返す。頬は火照ったままで、声もまた少し震えている。それでも彼は、アズールは頷いた。とても嬉しそうな表情をして。彼の瞳に映る自分も、そんな顔をしているのかもしれない。いつの間にか雨があがっていた。あれほどまでに強く降っていたというのに。鈍い色の雲が流れていく。その後に顔を覗かせたのは、青。アズールという名に相応しい色を見て、それから少女を見、彼はセレナの手を取る。まだ早いから一緒にちょっと散歩でもしようよ、と。セレナは考えるよりも早く、アズールに頷いていた。その手を強く握り返していた。彼の手は大きく、少女の白い手を優しく包み込む。たまには、こんな日があってもいい。戦う日々を送る、自分たちにも。そう思えたセレナは少しだけ先ほどの雨に感謝した。


title:泡沫


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