覚醒 | ナノ


fire emblem awakening

そう暗くはないが、とても広い森の中にクロムたちはいた。近隣の街の住人たちが、夜な夜な襲い来る屍兵を倒してほしいと懇願してきたために。突如、魔法陣から現れた正体不明の化け物――それが「屍兵」だ。戦う力を持たないものにとって、屍兵はとても恐ろしい存在だった。見境なく人を襲う屍兵。ルキナたちが語る、邪竜ギムレーが復活した「絶望の未来」では現在以上に蔓延り、多くの命が失われたという。今夜の戦いに備えて、クロムたちはそれぞれの武器や防具を手入れしたり、アイテムの整理をしたり、戦術の書を読んだりしていた。緑と緑の間から顔を見せる青空の眼差しは優しい。通り抜けていく風もまた優しい。聖なる竜ナーガの力でこの時代にやってきた子供たちは、時々この世界を美しいと言う。先程もルキナが言っていた。実際、クロムやリズたちも美しいと思っている。争いという醜いものもあるけれど、空や森や川、海は確かに美しいのだ。だが彼らの言葉より子供たちの言葉のほうが重たかった。絶望の未来で失われたもののひとつが「美しい世界」なのだろう――。オリヴィエは愛する娘のそんな言葉を思い出しながら、森を歩いていた。ティアモとスミアにちょっと歩いてきます、と告げて。スミアは心配そうな顔をしていたけれど、ティアモは笑ってオリヴィエを見送ってくれた。オリヴィエは踊り子ではあるが、武器を持って戦う力も持っていた。その力を信じているからこそ、ティアモは笑ってくれたのだろう。スミアの場合は、それを知りつつもどうしても心配になってしまうタイプなのだ。森は野鳥の楽園だ。翼を持つ彼らの歌声は美しく、聞いているだけで舞いたくなってしまう。事実、オリヴィエは舞いの練習をしたくて仲間たちの輪からそっと外れたのである。皆の所で練習したほうが安全だし、効率的なのかもしれない。だが彼女は極度の恥ずかしがり屋だった。戦っているときは別だが、皆の前で踊るのはやはり恥ずかしい。頬が真っ赤になってしまい、ちゃんと練習が出来ない。だからオリヴィエは離れたのだ。

オリヴィエが木々の合間を通り抜けていくと、少し開けた場所を見つけた。切り株があるものの、練習にはぴったりの場所だった。オリヴィエは真剣な目つきで、踊り始めた。練習をする時は、心の中を白で染める。彼女の瞳には青々とした緑も、空の青も、カラフルで可憐な花々も、映っていない。ふわふわとした彼女の桃色の髪や、ひらひらとした服が揺れている。美しい舞い。ただ、美しいだけでなく見るものすべてを引き付ける強さがある。鳥たちの歌声が消えた。音は、彼女の踊りによって発せられるものと、風と、それに身を任せる木の葉のものだけ。オリヴィエは踊り続けた。だんだんと息が荒くなる。戦うために、舞うために、体力はつけている。それでもこれだけ舞い続けると彼女も疲れてきてしまう。それでも踊った。どれだけの時が流れただろう。太陽はだいぶ西に傾いている。はっとしてオリヴィエは舞うのをやめた。それから息を整える。そして身体をくるりと回転させた。――すると、ここにはいる筈のない人物の姿が瞳に映る。青い髪をした背の高い男性。肩には聖なる印がある。

「く、クロ――」

名前を呼び掛けると、彼は笑った。そしてぱちぱちと拍手をした。いったい、いつからここにいるのだろう。イーリス聖王国の王子であり、自警団のリーダーであり、未来から来たルキナとアズールの父であり――オリヴィエの夫であるクロムは。オリヴィエの頭の中が真っ白になった。クロムには何度も舞いを見てもらっている。それでもこのような形で踊りを見せるのは初めてだった。

「――素晴らしかったぞ、オリヴィエ」

柔らかな微笑み。オリヴィエの好きな表情。しかし恥ずかしさが押し寄せてきて、「嬉しい」といった気持ちは隠されてしまう。

「は、恥ずかしいです……」
「はは、悪かったな」
「いったい、いつから?それによく場所がわかりましたね…?」

オリヴィエが首を傾げると、クロムはこう言った。――お前の居る場所はすぐにわかるよ、と。更にオリヴィエの顔が真っ赤になる。実際そうなのかはわからないが、クロムがあまりにも自信満々に言うのでオリヴィエはそれ以上問いかけはしなかった。鳥が鳴いている。先程までは黙り込んでいたというのに。

「練習は終わったか?」
「あ、はい…」
「オリヴィエは努力家だな」
「えっ……ありがとうございます…」
「――戻るか。みんなが待ってる」

クロムが手を差し伸べる。オリヴィエはそれをとる。繋がれた手からドキドキという心臓の鼓動が流れて行ってしまいそうで恥ずかしかったけれど、その手を放したくなかった。戦う男らしい、大きな手だ。ファルシオンを握る、その手は。いつまでも繋いでいたい――傍にいたい――たくさんの願いが心の中で生まれて、音を立てる。クロムに何かしてほしいわけではなく、ただ、傍にいてほしいと。共に生きてほしいと。いつか、平和を取り戻した世界で。もう誰も苦しまない世界が訪れてから。それまでは共に戦おう、とオリヴィエは誓う。未来から来た子供たちを抱きしめて、愛する人の手を取って。戦うための舞いではなく、平和な世界で皆を喜ばせる舞いを披露出来る日を望みながら。鳥の囀りが響く。明るい森の中、クロムとオリヴィエは歩いていった。仲間たちが待つ場所まで、手を繋いだまま。


title:泡沫

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