覚醒 | ナノ


fire emblem awakening

――「女の子に可愛いっていうのは、挨拶みたいなもんでしょ?」

いつかのアズールの台詞が頭の中で反響した。挨拶。たとえば初めて会った人には「はじめまして」。朝起きたら「おはよう」。あたしに言う「可愛い」はそんな言葉と同じ、ということ。ばっかみたい。そんな言葉にドキドキするほどあたしは子供じゃないし、単純でもないわ。アズールはなんでそんな風に言えるんだろう。あいつの事なんてどうでもいいのに、横顔が瞼の裏側に焼き付いている。誰にでもそんなことを言っているのだろう。本当にバカなんだから!

――イーリス聖王国の外れにある小さな村。ここは屍兵が夜になると多数出現し、死者まで出ているという村。あたしたちのリーダーであるクロム様は、当たり前のように屍兵を倒してみせると村人に言った。そして今夜、あたしたちは屍兵と戦う。屍兵は恐ろしい。見境なく人を攻撃する化け物。とどめをさし活動を停止するに至ると、黒い霧となって消滅する。あたしたちは何度も屍兵と戦ってきたけれど、今でも見ただけで恐怖を覚える。それでも戦わなくちゃならない。戦える者は戦わなくてはいけない。シンシアはそんな自分を「ヒーロー」だとか言ってるけれど、それも勘弁して欲しいわ。あたしたちは絶望の未来からやってきた。未来では邪竜ギムレーが復活し、街や村は悉く破壊され、多くの人たちが犠牲になっていた。あたしの母さんも、父さんも例外ではなかった。世界が滅びることを憂いた神竜ナーガ様が、母さんやクロム様が生き戦っている時代にあたしたちをに送ってくれた。だからって「ヒーロー」はないんじゃない?そうあたしが言うと、やっぱりシンシアがぎゃーぎゃー言い出すから言わないけどね。

――午後三時。壁掛け時計の示す時刻を見てから、あたしは宿屋を出た。村人は屍兵を恐れるあまり、昼間でもあまり外に出ないようだった。宿を出てすぐの花壇の前に、オリヴィエさんがいた。アズールの母で、戦いの道を進む前は各国を旅するキャラバンの踊り子として生きてきたのだと聞いたことがある。恥ずかしがり屋な部分は息子のアズールと共通しているけど、どうしてこんな控えめそうな人の息子がナンパ男になっちゃうんだろう。そんなオリヴィエさんは、以前エメリナ様に優しくしてもらったの恩義からクロム様たちに協力するようになったらしい。いつだったかそう言っていた。オリヴィエさんは宿から出てきたあたしに気付かないようで、長いこと花を見つめている。あたしの長い黒髪が風に靡いた。父さん譲りの黒い髪が。父さんは女が苦手だったらしいけれど、結果的に母さんと結婚した…ということは克服したのかしら。やっぱり母さんは何でもできる天才だから恋も――ぐるぐるとそんなことを考えていたあたしの肩に、突然手が置かれた。

「っ…!?」

いきなりの事だったので変な言葉が漏れた。顔が熱くなる。

「えっ?セレナ?」

肩に手を置いた人物の声が届く。この声はさっきまで考えていたあの男――。

「――アズール!?何よ!いきなり!」

あたしは身体を揺さぶって、置かれた手を強引に落とした。アズールは目を丸くしている。しかも先程まで背を向けていたオリヴィエさんまでこっちを見てるし。ああもう!どうしてあたしがこんな目にあうのよ!よりにもよってアズールが来るなんて。アズールはオリヴィエさんの息子でもあるわけで。

「いや、ずーっと突っ立ってるから何か悩みでもあるのかな?って」
「ないわよ。それに悩みがあっても、あんたには相談しないわよ」
「ええっ!?それはひどいよセレナ…」

ざあっと風が吹いた。彼の髪も、あたしの髪も、ついでに言うとオリヴィエさんの髪も踊る。人の少ない村の上を、白い鳥がつーっと飛んでいった。風はそれなりに冷たくて、それに花の香りが乗せられている。あたしはアズールをおいて歩き始めた。別に行くあてはない。用事もない。買い物を頼まれたわけでもない。ただあの場を離れたかった。宿を出たのは外の空気を吸いたかったから。だから宿に入って部屋に行ってもよかったんだけど。ちなみにあたしと同室なのはシンシアとノワールだ。シンシアはスミアさんの娘で、ノワールはサーリャさんの娘。ふたりとも幼馴染みだし、共に戦ってきた仲間だからそれなりに会話はするけれど、シンシアとはしょっちゅう喧嘩するし、ノワールはなんだかよくわからない性格だし――なんて考えながら歩いているあたしを追いかける男が一人。

「おーいセレナー!セレナー!待ってよ!」

アズールだ。オリヴィエさんと話でもしていればいいのに、この男、あたしを追いかけることを選んだらしい。あたしは走り出した。するとアズールも走り出す。あたしはそこそこ足は速い方、だと思うのだけれど相手は男。あっという間に追い抜かれ、目の前に立たれてしまった。彼の瞳にあたしが映っている。あたしの瞳にも彼が映っている。どきどきするのは走ったせいだと自分に言い聞かせてから、あたしはアズールを睨んだ。すると彼は「ええっ!?」といった表情をして、どうして睨むのさ、だなんて言い出す。

「あんたね…なんであたしに絡むわけ?」
「それはね、セレナ。君が可愛いからだよ〜!」

アズールが笑う。どうせ会う女全員に「可愛い」って言ってるんでしょ?あたしが「特別」なわけじゃないんでしょ?心の中でそう呟いていると、なんでだろう、胸がチクチクと痛み始めた。それと同時に目が潤む。それを見られたくなくて俯く。また風が吹き抜けていった。それは何故だろうか、さっきよりも冷たく思えた。アズールに何か言いたかった。会うたび会うたび、可愛いという言葉を繰り返すだけのアズールに。何を言っても無駄なのかもしれないけど、言いたかった。どうしてそんな風に言うの?って。そんなあたしの気持ちに気付かず、アズールは俯いたあたしの肩に触れた。もう、振り払う気力もない。アズールがそれに驚いたようで、それと同時に俯くあたしにも驚いて、「どうしたの?」と言ってくる。手であたしの顔を自分のほうへと動かして。潤む瞳を見られてしまった。どうしよう。あたしは――あたしは――。

「僕はね、セレナ」
「……」
「怒っているセレナも、泣きそうなセレナも、可愛いと思うよ。でも」
「……何が言いたいのよ」
「やっぱり笑っている時が一番可愛いと思う」

アズールの手があたしの髪に触れる。自慢の黒髪。いつだったか、アズールはこの髪を褒めてくれたっけ。そんなことを何故今思い出しちゃうんだろう。アズールが笑った。優しい笑顔。彼はどんな女にも可愛いっていう。けれど、いま、この顔を見ているのはあたしだけ。頬が熱くなっていくのを感じた。恥ずかしい。恥ずかしいけれど、嫌じゃなかった。彼の手を振り払うことも出来た。けれどあたしはそうしない。今だけはこの男の言葉を信じてみたい。周りには誰もいない。だから、あんたにだけ笑ってあげようか――そう思い、あたしは少しだけ微笑んだ。すると彼は言う。「ほら、やっぱり、可愛い」と。彼は手を放すと、今度はそれをあたしに向ける。

「一緒に帰ろう。母さんたちが心配しちゃうから、さ」
「……」
「本当はもっとふたりっきりで居たいけどね」
「……」
「セレナ?」

あたしは無言で頷く。どうして無言か、というと言葉が出てこなかったから。それだけ。彼はそんなあたしに手をさし伸ばす。繋ごう、だなんて顔に書いてある。振り払ったら彼はすごく悲しい顔をするだろうから。そんな彼の顔は見たくなかったから。あたしは素直にそれを受け入れてあげる。別に、繋ぎたいわけじゃないけれど。絡まりあう手。彼の体温を感じて頬がまた熱くなった。彼もそうなのだろう、アズールの顔は赤かった。それにオリヴィエさんの面影を感じなくもなかった。宿のある通りに差し掛かると、あたしは自分から手を放した。もしかしたら誰か外に出ているかもしれなかったから。手を繋いでいるのを見られたくなかったから。……ちょっとだけ名残惜しかったから、あたしはアズールの目をちらりと見、それからすぐに空を見た。青く高い空に、白い半分の月が浮かんでいた。


title:泡沫

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