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▼ 愛してさらば

※雰囲気破廉恥注意


その欲を自覚したのは何時だったか。
意地でも認めまいとしていたのにも関わらず、気付けば最悪の朝を迎えていた。
日輪に向かって祈りを捧げても、心が洗われない。むしろ、己の犯した失態を照らし出されたような心地がする。
消さなくては。この事実を。
殺さなくては。あの女を。


* * *


元就様は執務の際、何故か私を傍らに置く。侍女にでもやらせれば良いようなことを私にさせるし、用がなくても下がらせてくれない。
私はこれでも武人なのだ。元就様の手駒として、日々精進する必要があるはずなのに、元就様がそれをさせてくれない。仕方ないので解放された後、日が落ちて暗くなった庭で槍を振るう。お蔭様で毎日寝不足だ。かといってそれに対して不満を言うわけでもなく、ただただ元就様の後ろに控えるのみ。
明らかに隈になっているだろう目元を見ても、何も言わずに執務に専念する元就様は、全く彼らしい。
しかしこうも眠気がのしかかると、自分が何をしているのか分からなくなる。
気付けば3つ目の湯呑みから茶が溢れ出していて、慌てて傾けていた急須を戻した。何故こんなに湯呑みを用意していたんだ…
もったいないけれど、二つの中身は流してしまって、一つだけ湯呑みを盆に乗せた。
「元就様、お茶が入りました」
盆を一度廊下に置き、静かに障子を開く。ちょうど仕事が一段落ついたようで、元就様は文机から少し体を離してゆったりしていた。
机に置いた湯呑みを取り、一口飲んでから一言。
「…茶一つ入れるのに随分と時間を要したようだな」
ずばりと突っ込まれ、うぐぐと唸ってしまう。
「…申し訳ございません」
「謝罪を申せと言った訳ではない。そなた、日が落ちてから何をしておるのだ」
「それは…」
なんということだ。元就様には夜眠れていないことがばれていたのか。
元就様が部下の心配をなさるなんて。あの元就様が。
という驚きは心の中にそっと仕舞い、夜に行っている鍛練のことを述べた。
どうせならば昼間に出来るように取り計らっていただけないだろうか。
元就様は暫し何か考えるそぶりを見せた。
「今日は日輪の輝きが一層美しい。なればそなたに加護の眠りが降りてこようぞ」
「…はあ?」
いったいどういう意味なのだろう。少なくとも私が望んだ返答ではなかったようだが、元就様は中々回りくどい言い回しを好まれるので度々解読に苦労する。きょとんとする私を気にすることなく、元就様は私の首根っこを掴むと、縁側へと投げ捨てる。
情けない声をあげて落ちた私が見上げれば、青く晴れ渡った空に輝く日輪。
成る程…つまり元就様が言いたかったのは、「天気が良いからひなたぼっこでもして寝ろ」ということか。
それでは根本的な解決にはなっておりませぬ元就様。
けれどぽかぽかと暖かい気温に抗うことは出来ず、私の体は傾いてしまうのだった。


* * *


執務に専念してどれだけの時が経ったのか。いつもなら名前の持って来る茶と一言で時間を知るのだが、元就自身が外に放り出したのでそれもない。日が暮れ赤く染まる障子を開くと、今だに眠りこける名前がいた。
その間抜けな面に失笑とも言える笑みが零れ、ハッとして緩んだ頬を戻した。
「起きよ、名前」
声を掛け体を揺さぶると名前はうにゃうにゃと唸るが、それだけで起きる気配がない。
普段なら蹴り飛ばしているところだが、消えない隈に目が行く。ろくに睡眠も取らず鍛練するなど、余程疲れが溜まっているだろう。
起こさないように気をつけながら、そっと抱き上げる。思っていたより小さな体。寝息を立てる様子は、幼子のよう。
敷かれた布団の上に横たわらせると、寝返りをうって丸くなる。
それを見て、また無意識に口元を緩ませていた。


* * *


夕餉を食べ終え湯汲みを終えても、名前が起きる気配がない。
起きるまで、と転がしたところは元就の使う寝床なのだ。蝋燭の頼りない灯が横顔を照らし出す。
「いい加減目覚めよ」
肩を揺さ振ると、僅かに身じろぐ少女。
小さな声を漏らす名前にギクリとする。
薄く開いた唇から覗く舌。白く細い首。衣が捲れ、あらわになった足。扇状に広がる髪でさえ、元就を刺激する。
どくり。大きく脈を打つ心臓。
認めてはいけない。
息を呑む。
名前の瞼が持ち上がる。とろんとした表情で元就を見上げる。
「もとなりさま…?」
ふにゃりと笑んだ表情に、彼の目が見開かれた。
もはや止めることが出来なかった。


* * *


「元就様…っ」
懇願を含む声色を無視して、元就の手はうごめく。
「お止めください、元就様。このような…!」
涙を指で掠め取ると、二人の視線がかちあう。
「何故…ですか、何故このような…」
「我が」
顔を近付ける。その双眸は色を孕み、かつて見たことのない主君の表情に驚愕する。
「何の想いも持たぬ女を抱くと思うか」
「…っ…そう、ですか」
涙が止まらない。
「名前…」
熱っぽい吐息が掛かる。目元に舌が這う。
穏やかに触れる指を感じながら、そっと目を閉じた。
「元就様…」


* * *


名前は聡い娘だ。
元就の考えを汲み取りそれに叶った行動を取り、命令も最善の形でこなす。家事もそこそこ、茶を入れるのは上手い。
向上心があり、日々鍛練を欠かさず続けている。
が、少々自分を大切にしないところがある。
捨て駒であることは否定出来ないが、簡単に捨てるような雑兵でもない。
もう少し己を大切にしろ、と言うべきか。いや、それならば名前に休息の時間をくれてやるべきなのだろう。
だがそれも、最早意味のないこと。
自覚してしまったのだ。口にしてしまったのだ。
今はまだ必要のないもの。恋情など、弱点でしかない。
捨て去るのだ。今までしてきたのと同じように。名前を消して、想いを殺さねば。
懐に忍ばせた小太刀を取り出す。少し刃を抜けば、日輪の光を受けて鋭く輝いた。
名前はまだ眠っているだろうか。起きていたならば、これを見て何と言うだろう。最期に、何と言葉を寄越すだろう。
廊下を渡り、部屋の前に行き着く。
中の気配を探るが、動く者はいない。何処か不自然な空気を感じる。
――名前は、元就が知る中で一番聡い女だ。特に元就の意図を汲み取ることに長けており、命令を最善の形でこなすだけでなく、言わずとも望む通りに動く。
障子に手を掛ける。音を立てず横に滑り、あらわになる部屋の惨状。
乱れた布団の上に、名前が一人眠っている。瞳は固く閉じられ、唇は薄く開いている。
彼女が肌身離さず持っていた、元就が授けた小太刀。それが白い喉を深く裂き、そこから真っ赤な花が咲いている。
元就はその場にずるずると腰を下ろした。障子にもたれ、名前を見る。
質素な女は、最期に鮮やかな紅を纏った。青白い横顔が、微笑んでいるように見えた。






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元就様が愛情を自覚してしまう話。
まだ毛利家の安泰が確実でないのにそれはマズいと考えた元就様だけども察した名前ちゃんが自害。
2012.9.18


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