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▼ 栄華3

目覚めれば、知らない家の中にいた。決して広くはないけれど、必要最低限の家具が揃えられた清潔な家。服のポケットに捩込まれた紙に書かれた番号は、どうやら金庫の鍵を開く為のものらしい。中には見たこともない額が入っていた。
誰が。何で。とは、言わない。
ただ、もうあの少年に会うことはないという予感がした。


* * *


己を殺し、敵を潰し味方も無くし、元就はひたすら上を目指した。誰もが非難するような手口で他者を欺き蹴落として、何時しか彼は、随一の支配力を持つ豪族となっていた。最早手にすることが出来ない物などなにもない。黙っていても周囲がものを差し出した。
ただ、彼に従う人間はいつも怯えた目を向け、彼を愛そうとする者は現れなかった。
毛利家の為に跡目が必要だったが、元就は伴侶を得ようとしない。従者の間では、何処からか養子を貰うのではと噂が立ったが、結局それはなかった。
毛利家は、潰えたのだ。


* * *


最近、貧民街がにわかに騒ぎ始めている。一端の庶民が浮浪者を集めて結束しようとしているらしい。
脅威となる前に潰す。それが定石だ。
偵察に向かわせた者の報告によれば、リーダーは若い女らしい。女は直ぐに不満を言う、全く面倒な生き物だ。
どうせ大した軍資金もないだろう。潰すのはたやすい。が、再び反乱を起こそう等と思わせない為に、たっぷりと準備の時間をやろう。そこを徹底的に潰せば、心は簡単に折れる。
不屈の心など、ありはしない。
生き残るのは、心を捨てた者だけだ。


* * *


始まったのは、数時間前だった。
富豪の屋敷に突撃した貧民達は、そこに押し入ることも出来ず、ものの数時間で鎮圧された。
最初こそ勢いづいていた集団も、銃弾の雨に身をすくませ、次第に活力を失っていった。そして、リーダーの女が流れ弾を受けたことにより、ついに革命軍は崩れ果てた。元々軍と呼ぶには余りに貧相な集団ではあったが、何一つ成果を得ず退却する様は憐れなものであった。
初手は計画通り。元就は考える。
だが、まだ決定打ではない。確実に芽を摘み取る必要がある。それには、首謀者を討たねばならないだろう。
捕らえて公開処刑とするか、暗殺か。
どちらが得策か、確かめる必要があった。


* * *


質素な服に身を包み、歩む元就。とある街角に辿り着くと、そっと向こうの様子を伺う。すると、彼の予想通り暗がりに集まる人だかりを見付けた。革命軍の動きを元就自ら偵察に来たのだ。
声を潜めているらしいが、狭い路地には響いてしまう。ざわざわと行われる談議は、すっかり士気が消え失せているようだった。
だが、凛と響き渡る声に、辺りは静まった。
「まだ終わってない」
皆が視線を向けるのは、積まれたパイプに座る女。片足に包帯を巻いている。恐らくあれが首謀者だろう。
彼女が静かに語り始めると、周囲の者達の目に光が戻る。
彼女は革命軍の強い支えとなっているようだ。だがそれは、彼女さえ消えれば終わるということ。
暗殺。
そう決めた。
これで全て終わったと踵を返す元就。
だが、背中を向けた瞬間、情報としてしか捕らえていなかった女の声が耳を貫いた。
足が止まった。
彼女はまだ話している。
鈴の音のように透き通ったそれは、元就にとって聞き覚えがあるもので。
脳裏に過ぎる姿。彼女と、革命軍のリーダーの髪色はぴたりと一致する。
「――」
空気を震わせる貧民達の勇ましい声が、元就の囁きを掻き消す。
忘れていた感覚が押し寄せ、目眩がする。
ぐるぐると回る視界の中、彼は、


* * *


革命軍の二度目の突撃は、前回と見違えるものだった。溢れる覇気と、充実した武器に富豪の雇った傭兵達も押され、終に侵入を許してしまった。
何故貧民の集まりが、高価な武器を持っているのか?その疑問を誰もが抱き、その前に押し潰されていった。津波のように押し進む彼等は、ついにその屋敷の主の元に辿り着く。
窮地に陥ったにも関わらず、悠然たる立ち姿を見せ付けた彼は、言い放つ。
「これで貴様等の生活が改善されるとは思わぬことだな。これしきで格差は埋まらぬ。我が滅びようとも、新たな豪族が貴様等を支配するであろう」
激昂した革命軍の兵達は、一気に彼に迫った。
その瞬間、彼の目が何を湛えていたのか、閉じられた今では分からなかった。
孤高の主の骸は、冷たい城に沈む。


白旗が上がったのは、直ぐ後のことだった。
歓喜する兵達の奥で、安堵と達成の笑みを湛える彼女。そして遠い記憶に想いを馳せる。

ねえ、貴方なんでしょう。私達に軍資金をくれたのは。
今はもう、何処で何をしているのかも分からないけれど。
きっと貴方も喜んでくれているよね。

ふと、風が頬を撫でた。
やけに冷たいその感覚に、過ぎ去った方を振り返る。
そこには何もなかった。


心を捨てねば、人は滅びる。
捨てた心を拾ったそなたに、生きろと望むのはおかしな話だろうか。






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心を捨て切れなかった人と、心を拾い続けた人。
大富豪(トランプの)パロでした。
以前友達とやった時に大富豪様が何を血迷ったか大貧民(私)に良い手札をくれたのでまんまと都堕ちさせたよーという元ネタ。
2012.7.20


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