小説 | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


▼ 栄華2

愛した母がいなくなり、父が死に、兄が死に、毛利家の没落は早かった。
家は無くなり、元就は年老いた使用人と共に崩れかけの小屋に移り住んだ。
かつての無垢な瞳を捨て、野心を黒で隠すようになった。
父を、兄を死に追い詰め、毛利の財産を奪った者共に復讐を誓い、彼は人生を歩み始める。
生まれついての秀才を存分に活用し、あらゆる手を使って毛利家を盛り返した。他人に罵られようと、同族に蔑まれようと、元就は足掻きつづけた。
やがて元就が、まだ十代にして貴族と言える程力を取り戻した頃、思わぬ人物と再会を果たす。


* * *


薄暗い路地裏で、家を持たぬ者達は己の身を売って生きる金を稼いでいる。
淫猥な音と嬌声が、夜闇に染まりかけた空に上がる。
その音を耳にし、不快に顔を歪める少年。
元就は、一人街を歩いていた。信用する者など持たない彼は、誰も供につけていない。
治安の悪いこの街で、彼のような顔立ちの少年は、性別問わず襲われることもしばしばあるが、元就は自己を守る術は身につけていた。身につけざるを得なかったのだ。
「そこ行くお兄さん」
甘ったるい声が鳴った。
前方の角に、ひらひらと薄い生地のローブを被った若い女が立っている。その仕種はわざとらしい色気を孕み、元就はますます不機嫌になった。
無視して通り過ぎようとすると、強引に腕を掴まれる。
「ねえ、そんなに冷たくしないで」
馴れ馴れしく纏わり付く腕が煩わしい。が、所詮女。一言言ってやればあしらえるだろう。
女の方を向き、口を開いた。
が、声が出なかった。
小さく息を飲んだ彼の視線が、女の顔から、首元へと下がる。
元就よりも若く、幼ささえ残る顔立ちは、見覚えがあった。
そして、彼女が首に掛けているものは、昔彼が持っていたものと全く同じ。
「貴様…」
元就の表情が変わったのを見て、女が不思議そうにする。
「お兄さん、私のこと知ってるの?」
色を取り去った単純な疑問の声は、確かにあの鈴の音の面影があった。
「貴様、何故かような事をしておる!」
絡み付いた腕を引きはがし、手首を強く握る。
「痛っ!ちょっ何を…」
「我の目を見よ」
冷たい声に、暴れる腕が動きを止める。
視線が交わった瞬間、少女が目を見開いた。
「もとなり…?」
彼女は無意識に胸の首飾りを握り締める。
それは幼い頃、元就が少女に渡したものだった。母親の形見の内、一番少女に似合うものを黙って持ち出した。家中が盗まれたと騒いだが、誰も元就を疑いはしなかった。少女もそれを知ってか大事に隠し持ち、元就が会いに来たときだけ、そっと取り出して見せてくれた。
二人の親交があったのは、父と兄が死んでしまうまで。長くもあり、短くもあった期間だった。
今、彼女が目の前にいる。
元就と再会したことを喜ぶ反面、少し気まずそうにしている。
あの頃に比べずっと大きくなった体と、濁りは消えず、鋭さだけが増した瞳。
ローブの下に隠された体は、女性らしさが出て来たばかりというのに、いったいどれだけの男に汚されたのか。
元就の中に、怒りとも嫌悪ともつかぬ感情が沸き起こる。
「辞めよ、そのような事」
「…無理だよ」
首飾りを握る手は酷く痩せている。毎日がぎりぎりの生活なのだろう。
そうだとしても、元就は名前の行為が許せなかった。一度はどん底に堕ちたとはいえ、元就には貴族としての誇りがある。自分が同じ状況でも、決して体を売るようなことはしない。
「身売りなど、自らを貶めるのみぞ」
その非難地味た口調に、名前は眉を吊り上げる。
「分かってる!私だって、こんなことしたい訳じゃない!!でも、生きる為なの!食べていくためなの!こうでもしなくちゃお金なんてない…野垂れ死にするだけ!!」
なりふり構わず当たり散らす姿に、一瞬呆気に取られる。
「私の惨めな生活なんて分からない…貴方みたいな貴族様には!!」
「ッ、貴様!!」
顔色を変えた元就が、少女の細腕を掴む。そのまま乱暴に押せば、脆い体は呆気なく倒れた。
「なれば乞食は乞食らしく、我の玩具にでもなるが良い!」
荒い語気にも物怖じせず、名前はしらりと返す。
「お好きにどうぞ。でもちゃんとお代は払ってね」
憎らしげに顔を歪める元就の唇の間から、きつく噛み合わさった歯が覗く。
名前は少し目を伏せた。
「私は…生きる為なら汚いことも酷いことも、何だってする」
ぽつりと零した言葉が耳に届くと、元就は驚愕で目を見開いた。
同じなのだ。名前の言った事は。
没落貴族となった元就は、今日まであらゆる手ではい上がってきた。幾人もの血も涙も見てきた。命を狙われさえもした。それでも、必死に昇ったのだ。
今、名前も泥に塗れてもがいている。己を汚しておとしめても、必死に生きている。
同じなのだ。
「…興が覚めたわ」
そう言って、彼は体を退けた。
名前は上半身だけ起こして、その背中を見詰める。少年の細身は、夜の影を背負っているように見えた。
歩き出す元就を、見送ることしか出来なかった。



2012.6.11


[ back ]