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▼ 栄華

貧富の差が激しいこの時代。
街の表では小綺麗な衣装に身を包んだ商人達が我が物顔で闊歩し、街の裏ではボロ切れを纏った貧民が、虚ろな目をして地面を眺めている。
元就は、裕福な家の次男坊として生まれた。
幼い時より類い稀なる秀才を発揮し、環境にも恵まれたお陰で兄よりも次期当主に相応しく育っていった。
やがて元就が当主となり、全盛期を迎えた毛利家はどこよりも富と権力を保持することになる。
今から語るのは、少し過去…彼の幼少の頃のお話。


* * *


元就がまだ指で数えられる程の歳の頃、母親に手を引かれ街道を歩いていた。
きらびやかなドレスとまばゆい宝石で着飾った母はとても美しく、元就はそんな彼女の白く柔らかい手が好きだった。
ご機嫌な彼が、ふと脇道に目をやると、小さな少女が一人立っていた。
みすぼらしい格好の、幼い少女。泥まみれの痩せこけた手でひび割れた器を持ち上げ、虚ろに元就を見詰めている。
「母上」
その視線が怖くなって、元就は母の手を強く握った。それに気付いた母は少女の姿を見留めると、嫌悪を現にして直ぐさま元就から隠す。
「あんな汚らしいものを、見てはいけません」
まるで人と認めないかのような言い方に、少し戸惑う。
確かに少女の手は、母の柔らかい手とは比べものにならないほど骨張って汚れていた。
何よりも母を愛していた元就は、ただ母の言うことを信じる事にした。


* * *


翌日。
昼下がりの街を、元就は一人で歩いていた。
どうしても少女の姿が忘れられなかったのだ。痩せた顔の、嫌に目立つ大きな瞳が、光を燈さない硝子玉のようなそれが脳裏を過ぎる。
黙って出て来たことや、母親に対する罪悪感から人目を気にするように道の端を進むと、昨日少女が立っていた路地に辿り着いた。
高い建物に挟まれたそこは薄暗くて湿っぽく、まるで未知の世界に思えた。
恐る恐る中を覗くと、うずくまる人影がいくつか見える。
生気のない姿はまるで死んでいるかのようで、元就の喉が引き攣った音を漏らした。
その音を聞いて、一番近くの人影が頭を持ち上げた。昨日の少女だった。近くで見れば思っていたより幼い容姿で、肌も服も薄汚れている。元就よりもいくつか年下のようだ。
「…おぼっちゃん」
唐突に少女が口を開くと、元就は肩を震わせて驚いた。
「どうか、あわれなこじきにおめぐみを」
それは幼子らしい柔らかい声だったが、無機質にも感じられる。ただの言葉の羅列だった。
「我は、なにももっておらぬ」
元就が言うが、少女は器を抱えたまま、ぶつぶつと同じ文句を繰り返すばかり。
やがて元就は、少女の真っ暗な瞳が恐ろしくなりそこから逃げ出した。
一目散に駆ける。振り返れば、少女がまだこちらを見ている気がして、懸命に前を睨み続けた。
少年は、人間の深い闇をまだ知らなかったのだ。


* * *


その日は、晴れやかな空が広がっていた。
力無く頭を垂れる少女の側に、人の気配が立つ。けだるげに持ち上げると、そこには昨日の少年…元就がいた。元就は直ぐさましゃがむと、少し驚いて目を開く彼女の、大事に抱えた器に、ころころと包装された菓子を入れた。ぽかんとする少女の顔を見ず、言う。
「これでも食せ。我がくれてやれるのは、これくらいぞ」
しかし、少女の反応がちっともない。訝しげに見遣ると、少女はまだぽかんとしたままだった。元就が目の前で手を振ると、大袈裟に肩を震わせた。それから、もごもごと口を動かす。
「あ…あり、がと」
少女の表情は、とても不器用なだけれど、本心からの笑みだった。
「…フン」
妙に照れ臭くなって、そっぽを向く。そのまま立ち上がり、大通りへと去ろうとする。
「あ、の」
その背中に掛かる、幼い鈴の音。
「また、きてください…」
元就は振り返らなかった。
けれど、彼の口元は、優しく弧を描いていた。
路地裏から出た途端、太陽の輝きに照らされる。
少女はこの輝きを知っているのだろうか。
ふと、思った。


* * *


帰宅後、彼は母親が病に倒れたと知る。



2012.6.5


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