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▼ ロリコンじゃない

体が冷たい。腹が熱い。べっとりとして気持ち悪い。
「貴様、逝くのか」
冷たい目で見下ろすのは、我が主に他ならない。
「誰が死ねと命じた」
そのような台詞、貴方様らしくもない。
この戦が終われば、貴方様の望まれる世だったのに。それを見れないとは、無念なことだ。
「貴様には、毛利の跡目を授かる役目があったのだ。それを果たせぬなど、許すと思うてか」
「申し訳、ございません」
泡に混じって漏れ出た声は、はたして元就様に届いたのだろうか。
「喋るな、見苦しい」
冷たい言葉はいつも通りなのに、私に触れる手は、恐ろしいほど優しい。抱きしめられるなんて、いつぶりだろう。
「申し訳ございません、元就様。最期まで私は、貴方の命を守れませんでした」
「喋るなと言ったはずだ」
そう言いながらも、元就様は悟っていらっしゃるのだ。もう長くないと。
「ですが、きっと、貴方様の前に現れます。生まれ変わっても、きっと私は貴方様の前に…」
ですから、そんな顔をなさらないで下さい。
本当に、貴方様らしくもない。
「その言葉、忘れまいぞ。良いな…名前…」
頬に落ちた温もりが何だったのかは、分からなかった。


* * *


物心ついたときから、いや、生まれたときから私には前世の記憶というやつがあった。
今では戦国時代と呼ばれる時代に生きていたらしい。この平和な世では考えられない過酷な日々、つかの間の休息、一心に仕えていた主の記憶。
その主、歴史に名を残す程の武人で、冷酷無慈悲な智将として知られている。
主が懸念していた毛利家も今の今まで存命で、色々なところで毛利の名を見る。
しかし今の私にとってそれはあまり重要ではなく(安堵はしたが)、元就様を見付けることだけが脳を支配している。
私がこの時代に生を受けたのも何かの縁、きっとあの方は何処かにいる。
けれど、元就様を見付けるのはそう簡単にはいかない。恐らくその秀才ぶりを発揮して、何処かしらに名を馳せていらっしゃると思ったのだが、如何せんあの方の今の名が分からない。
当たり前だが生まれ変わった私は名前という名ではなく、親の願いが篭められた愛らしい名前になっている。
それでもせめて同じ土俵に立てれば出会う可能性もあるのでは、と勉学に励んだが、あの方らしい人には出会わなかった。それどころか子供らしからぬ知識の多さに友人が出来ないし親まで怯える始末で、私にとって生きづらい環境になってしまった。
それでも諦めきれず、何か武術を学ばせてくれとせがんだところ、薙刀と弓道を習うことになった。薙刀は前世の槍の型がどうしても抜けずあまり上達しなかったが、弓道は全国で張り合える程になった。そこでもやはりあの方らしい人は見なかったが。
そうして、文武に長け妙に落ち着いた気味の悪い子供となった私は、中学生になったら一人暮らしをしようと決めた。
まだ小学生の私は今、一人で電車に揺られている。
夏休みだというのにプールに行きもせず、名門と言われる中学の下見に行っているのだ。名門校と呼ばれる学校は山ほどあるが、それでも藁にも縋るつもりで一つ選んだ。中学からエスカレータ式で大学まで昇れるが、少しでも成績不振になれば容赦なく切り落とされるところだ。
まるで元就様のようだ、と思った。
そして、校門の前に着いたは良いものの、勝手に入って良いべきかと躊躇している。
写真で見るよりずっと大きい。まだ体が小さいからかもしれないが、圧倒されて言葉が出ない。
こんなところで突っ立っていれば、誰だって不審がる。案の定、声を掛けられた。
「貴様、かようなところで何をしておる」
何も考えられなかった。その声を聞いた瞬間頭が真っ白になって、ただ本能のままに姿を見ようと振り返った。
そこにいたのは、一人の男性、にしては細いシルエットで、長さが均一の茶色の髪の毛先が外に跳ねている。深緑のシャツから伸びる腕を組んで、眼鏡を掛けて眉間に皺を寄せて、冷たい視線をこちらに向けている。
間違いない。
元就様。
歓喜のままに名を呼ぼうとして、我に返った。
もし、元就様が記憶をお持ちでなかったら。もし、見た目が似ているだけの別人だったら。
喉がぎゅうと締まる。
だが、その不安は杞憂に終わった。
目の前の彼が驚きで目を丸くする。些細な変化だが、それは前世で見た表情と全く同じだった。
僅かに震える声が、私の耳に届く。
「名前…」
その名で呼ぶなど、記憶がある以外に有り得ない。
「元就…様…!!」
溢れる涙もそのままに、元就様に飛び付いた。
なんて女々しいのか。いや、子供っぽいと言うべきか。
しかし、震える背中をあやすように優しく叩く手が、私の涙を止めてくれない。
「ずっと、お会いしとうございました…元就様…!」
耳元でぽつりと呟かれた「我もだ」という言葉に、じわりと心が温かくなる。
気の済むまで泣いた後、そっと離された。途端、恥ずかしさが込み上げてくる。申し訳ありませんと喚くが、元就様は気にした風もなかった。
改めて元就様を見上げる。
着ている服は違えど、前の世とほぼ変わらぬ姿。つまり、今の私は小学生だが、元就様は…
「ここの大学に通っている」
「大学生…なのですか?!」
ここのキャンパスには医学部生が通っているので、元就様は医学部所属ということになる。
慣れていらっしゃるご様子から、一学年ではないだろう。とすると…およそ十程離れているのか。
唖然とした。私の方が先に死んだのに、生まれ変わるのは後なのか。元就様は無表情で、小さい私を見てどう思われたのかは分からない。
「何故ここに一人でおる。保護者はどうした」
当然の問い掛けに、一人で来たことと、両親との仲があまり良くないことを述べた。来年の春からここの中学校へ通うので、その下見だと。一人暮らしの予定だと。
元就様は厳しい表情で、中学生の一人暮らしは危険だと諭されたが、寮に入るつもりもないので仕方ないと思う。
「…なれば、我と来い」
「え?」
「部屋なら余っておる。我の屋敷に住むがよい」
それは願ってもないことだ。またあの頃のように元就様のお側にいることが出来るのならば、喜んでお受けしよう。
…しかし、屋敷とはどういうことだ。
驚くことに元就様は、毛利家の次期頭首なのだという。毛利家頭首は代々政治家となって強い発言力を得ているのだが、元就様は周囲の反対を押し切って医者の道を目指されたそうだ。
平気で部下を切っていた元就様が医者を目指すとは。
それが顔に出ていたらしく、頬を思い切り抓られた。それから、静かな声で囁く。
「…そなたを再び失わぬ為ぞ」
そうか。
元就様は、私の死に際を誰よりも近くでご覧になっている。そして、私がいなくなった後も生きて、毛利家の為に生き続けなさったのだ。
跡継ぎは生まれたけれど、元就様は、その方達を愛せたのだろうか。
もしも、元就様が孤独のままならば、今度こそ私が包んで差し上げたい。
…まだ小学生だけれど。
そんな、自惚れかもしれないことを考えていたとき、第三者の声が聞こえた。
「毛利さーん、お待たせしました!」
明るい女性の声と共に一人の影が走って来ているのが見えた。
「…元就様のお知り合いですか?」
「…ああ」
見上げた元就様の表情が、何ともいえない。うっすら、嫌な予感がする。
仕方なし、といった風に元就様が口を開く。
「あれは我の…許婚ぞ」






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大学生×小学生。
許婚は鶴姫。
続かない。
2012.9.1


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