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▼ 彼の憂鬱彼女の存在

「委員長、この書類はまだですか」
「委員長、見回りの前にこれに印を」
「委員長、お茶は麦茶ですか、緑茶ですか」
「委員長、小腹が空きました」


「……五月蝿い」


さっきから一人で喋りながら、雲雀の後をちょこちょこついて来るのは一女子生徒。苗字名前という名前のその女子は、女の身でありながら自ら風紀委員に志願した“変わり者”。群れたりもしないので雲雀は退会させることもなく、自身は自称委員長秘書として四六時中雲雀の傍でなんやかんやと動いているのだが、
「委員長、アイスは抹茶味がいいですか」
「知らない」
「委員長、ショートケーキの苺は最後まで取っておく派ですか」
「……」
どうでもいいようなことをいちいち質問してくるのに、雲雀はうんざりしていた。そもそも、副委員長の草壁さえ雲雀に付き添うことはありえないのに、何で傍に居るのか。群れることを嫌う彼に付き纏うのはタブーだ。
「委員長、そろそろ3時のおやつの時間ですが」
「ねえ、」
「はい」
それが分からないなら直接言う他にない。
「君、目障りだ。僕に付き纏わないでくれる」
「………」
それだけ言い捨てると、学ランを翻して雲雀は去った。


* * *


次の日、名前は応接室に姿を現さなかった。雲雀は特に気にするでもなく欠伸を漏らすとさっさと仕事を済ました。
また次の日、今日も名前は来なかった。
しんとした室内で、雲雀は高級そうなソファに腰掛け日誌に目を通している。そして、何気なくペンを取ろうと長机に手を伸ばしたが、そこには筆記具は一つも無かった。そういうときはいつもなら名前が気が付いてペンを持って来るのだが、彼女はこの場にいなかった。
「……」
不満げな顔をした雲雀は日誌を机に置くと立ち上がり、応接室から出ていった。
翌日も、そのまた翌日も彼女は現れない。次第に募る苛立ちに不快感を感じる雲雀。これが自分の望んでいた環境ではなかったのか、なぜこんなにもむしゃくしゃするのか。
確かにあの時、ついて来るなとは言ったが、仕事を放棄しろと言った覚えはない。そうだ、この苛立ちの原因は、多分あの子が仕事をしないせいだ。
雲雀は歩みを止めずに、そこにはいない少女を思い浮かべ、今度顔を出したら咬み殺すと決める。
その時彼の視界の端にちらついた大きな塊。放課後の中庭に集まった生徒たちは彼が草食動物と称する群れだった。
弱い者ほど群れたがる…まあ、ちょうどいい、このはっきりしない苛立ちの憂さ晴らしぐらいにはなるだろう。
彼はその集団の前に足を運び、トンファーを取り出した。
「うっとうしい群れだね…君達全員、咬み殺す」
怯えた顔の一人に向かってそれを振り下ろす。


「委員長、相変わらず弱い者虐めですか」


背後より掛けられた声に雲雀の動きは一瞬で止まった。その隙に生徒たちは散らばるように逃げ出したので、彼は不服げにそれを睨んでいた。
「珍しいです、委員長が群れを逃がすなんて」
背後の人物は確かな足取りで近付き、俯いた学ラン姿に腕を伸ばした。その直後、光るトンファーが唸りをあげながら襲い掛かる。が、彼女名前はヒラリとかわし雲雀との間にたっぷり距離を取った。呆れ混じりに息を吐き出す。
「委員長…他人に当たるのは駄目ですよ」
「五月蝿い、今頃何しに来たの?」
「あ、もう放課後でしたか。授業を一つぐらい受けたかったんですがね」
変わらない飄々とした態度に更に雲雀は苛立ちを募らせる。
「今まで仕事をサボってたくせに、随分な態度だね」
そう言うと、名前はキョトンとした。
「アレ…連絡入れてませんでした?」
「?」
「私、今まで風邪で寝込んでたんですが」
「……………………聞いてないよ」
「うーん、じゃあ連絡入れ忘れですかね。申し訳ないです」
言葉のわりに謝罪する気のなさそうな表情で頭を下げる。雲雀は目を開いてそれを見ていたが、やがて言った。
「君…あの言葉を気にしてた訳じゃないの」
「あの?…ああ、目障りだ、ですか。別に、委員長いつも気に食わない人に対して言ってますし、その程度でへこたれる様なら風紀委員やってませんよ」
「……」
「私は委員長が好きです。だからもっと委員長のことを知りたいし傍にいたいです。ただそれだけなんです。委員長に何を言われたって何をされたって私は離れる気はありませんので」
「…何言ってるの」
「委員長が好きと言ってるんです」
あっけらかんと言ってのけた名前は特に照れた様子も見せず雲雀をじっと見詰める。唐突すぎる発言に呆気に取られた雲雀は思わず名前を凝視するが、そうすると目がバッチリ合うので直ぐさま反らした。リズムを崩したらしく、髪をクシャリと掴みため息をつく。名前はそれに対して、
「何ですか…まさか天下の風鬼委員長様が照れちゃったんですか?」
ニヨリと頬を歪めなんともムカつく顔を作る。
「そんな訳無いでしょ。それより覚悟は出来てるんだろうね、無断で仕事を休んだからには咬み殺す」
「出来てません。酷いですね想いを寄せる女の子に向かって咬み殺すなんて」
「知らないよ」
雲雀はすかさず攻撃を始める。名前は眉を寄せてそれをかわす。
「全く、ちょっとは優しくすれば良いのに。……でも」
不意に止めた足。彼女は顔を上げると、口元に微笑を浮かべた。
「そんな貴方が好きなんです」
「…!」
不覚にも止まる腕。


この子は何だか普通でなくて、だから余計に入り込んで来るらしい。
惹かれるのも時間の問題。いや、もしくはとっくに惹かれていたのかも知れない。



2010.4.28


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