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▼ 太陽の沈む頃

※アニキ緑ルート後の話






あの方は、日輪を愛していた。
何よりもまばゆい、絶対の存在。
しかし、日輪にその腕は届かなかった。
あの方が求めてやまなかった太陽は、あの方を殺さんとする男の隣にいた。


* * *


波の音が耳に届く。瞳を閉じた今、音と潮の薫りがよく感じられた。
ずっと結っていた髪は降ろされ、風に遊ばれている。今までのような、動き安さを重視した衣ではなく、年頃の娘が憧れるような、鮮やかな着物。
こうして穏やかな時を過ごすのは、何時振りだろうか。
大きな戦が始まり、海は荒れ、大地は死んだ。
そして、太陽が消えた。
瞼を上げた彼女は、着物が砂で汚れるのも構わず砂浜を歩く。一人分の足跡が生まれる。
こうして浜辺を歩いたのも、久しぶりだ。
嗚呼でも、何も生まれない。
どんなに美しい着物を着せられても、どんなに美しい浜を眺めても、何も感じない。
あの日、私のこころは死んでしまった。
あれ以来、空を見ていない。水平線の向こうの青は見えるけれど、頭を上げることが出来ない。
あの太陽は、偽物だ。
あの男に笑いかける太陽なんて、偽物だ。
本物の日輪は、あの方と共に死んでしまった。
どうして私は生きている。生きているなら、どうして復讐しようとしない。
…知っている。私とあの男では、実力の差は歴然としている。ましてやあの男の隣には、偽物の太陽がいる。偽物の太陽を瞳に映すなんてしたくない。
ならば何故死なないのか。
あの方と共に、消えてしまえばよかったのに。
海を見た。太陽の光を受け、煌めく波間。そこに溶けてしまおうか。
一歩、波に近付いてみた。
足元をくすぐる水は、透明の色をしていた。けれど、水に濡らされた砂は、暗い色をしていた。
濁りつつあった。


* * *


幾つかの時が過ぎ、私は砂浜を歩くのが毎日の日課となっていた。決まったように足を止め、寄せては帰る波を見詰める。
見詰め、そして一歩近寄る。
今日はもう一歩、もっと、もっと、
「名前殿!」
元気な声の後、肩に手の感触。この声は、あの男のもの。
「…徳川」
私がこの男を見る目は、以前はそれこそ凶王にも負けず劣らずだったが、今はもう死んでいる。
「大丈夫か?波間を見てぼうっとしていたみたいだが」
「……」
もう、刃向かう気力も失った。
ただ虚ろに佇む私と、見詰める徳川。波の音が幾度も流れる。
「…毛利殿は、ワシには出来ないことをやってのける人物だった」
私が何も反応しないのを見て、徳川は徐に語り出す。
「堪えることを知り、力を蓄え、兵を知略に適わせ展開する…その業は認めざるを得ない」
「……」
それに、と言って徳川はこちらに向き直る。
「名前殿のように、あの男を信頼している者もいた。きっとワシらが思っていた程、冷酷ではなかったんだろう」
それでも殺した。お前があの人を奪い、太陽となった。
「名前殿…だからお前は生きるんだ。毛利殿の分も」
「…ッ」
その台詞は、あの男も言っていた。

『アンタは殺さねぇ…生きろ。アンタが毛利の分も生きて、あの男が奪った命を背負いな』

長曾我部元親。
あいつはもう、元就様を思い出すことはないのだろう。
「元就様…」
声に出すのは、久方ぶりだろうか。どこか違和感を覚えた。
私はあの方を、どのように呼んでいたのだろう。あの方は私をどう扱っていた?あの方の声は、表情、動作、何もかも…薄れている。かけがえのない筈の思い出が、遠く霞んでいる。
「あ…」
がくりと膝を付いた。
私は、あの方を忘れようとしている。
酷く、恐ろしいことだった。
「名前殿?どうした、しっかりするんだ!」
肩を揺さ振られても、私の見開いた目は、砂浜を映すだけだった。


* * *


やがて私は武家の男の元へ嫁いだ。大きな戦もなく、夫と平和な日々を送り、やがて子を成した。
消えない虚無感に襲われる今も、心の奥にあの人はいる。
あの人は、どんな人だっただろう。私は、何を思っていたのだろう。
私の瞳は、胸に抱いた子も、沈む夕日も、あの人も映さない。
もうじき、日が沈む。






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もう思い出せない。
2012.1.21


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