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▼ 雨の日

ある日のこと。
さらさらと降り注ぐ雨の中、一人の少女が舗装された道路を歩いていた。懐に買物袋を抱え、青い傘をさしている。
そんなとき、彼女の視界にあるものが入った。
それは、小さく飛び出した屋根の下で雨宿りをしている少年の姿。顔立ちや髪の色、左右色違いの目から判断すれば外国人のようだ。ずぶ濡れた髪から滴る雫も気に止めず、困った様に空を見上げている。制服を着ているから中学生だろうか。そこで彼女は思い出す。


あの人…確か、黒曜中の生徒会長?


一度部活の練習試合で黒曜中に訪れたときに見た人と酷似している。よくよく見れば、緑の学ランは確かに黒曜中のもので、あの不思議な髪型は印象深く記憶に残っていた。
重く垂れ込めた雲は一向にどいてくれる気配がない。困った顔をしている少年。そんな様子に、彼女はぱしゃぱしゃと音を立て彼の側まで寄った。
「あの、黒曜中の生徒会長さんですよね…どうかしましたか?」
目を丸くして彼女を見た少年。見つめられて自分の発言のおかしさに気付き、彼女はあちゃ、という顔をつくる。どうかしたかと言ったが、彼が雨宿りをしているのは誰の目にも一目瞭然だ。
「あ、すいません。雨宿りしてるんですよね…」
彼女が付け加え、少年は気にする様子もなくただ困った顔のまま応える。
「ええ…急いでいるときに急に降り出すなんて、ついていませんでした」
急いでいるらしい。しかしずぶ濡れの状況を見ると傘を貸すだけでは済まなさそうだ。
「…約束、果たせそうにありませんね」
悲しそうな響きの呟きが聞こえた。
そこで彼女はある提案をする。
「…あの、私の家すぐそこなんで来てくれませんか?よかったら傘貸すし、何か拭くものもいるでしょ?」
その言葉に再び目を丸くした少年は、いいですよと手を振る。
「大丈夫ですよ、ほんとにすぐそこなんで」
「いえ、ですが…」
「約束、待ってる人がいるんでしょ?」
じっと目を見て彼女が問えば、少年は返答に詰まった。やがて観念した風に頭を下げる。
「そうですね…なら、お世話になります」


* * *


「はいどうぞ、タオルです」
比較的新しい白いタオルを差し出すと、少年は礼を述べて受け取った。
礼儀正しいなぁとぼんやり考えながら盆を下ろして、
「体冷えてるでしょ、熱いお茶入れたんで飲んで下さいね」
盆の上に置かれた湯呑みから湯気が上る。それを見てまたもや少年は驚く。
「わざわざありがとうございます」
「いやいや、ただの節介焼きなんです」
それを聞いた彼は少し変わった笑い方をした。聞き間違いでなければクフフ、と。
容姿といい雰囲気といい、何だか不思議な人だな、と思いながら彼女も茶を啜った。


* * *


「お世話になりました」
「いえ、結構引き止めちゃってすいません…」
なんだかんだでずるずると長居させてしまった。約束は間に合うのだろうかと今になって焦る。玄関の向こうでは、まだしとしとと雨が降り続けている。傘立てから一本、青い傘を抜き出す。
「どうぞ」
ごく自然に渡したつもりだが、やはり彼は目を開きながらこちらを見詰めた。
「…君は、」
おもむろに開かれた唇からは、それ以上言葉は出てこなかった。
少年は受け取った傘を解き開き、空を仰ぐ。それにつられて彼女も見上げた。太陽の隠れた空はまだ泣き止まない。


空が、泣いていた。


何を思って泣いているのか、ずっとずっと泣き止まない。


「――会長さんは、今何をしてるんですか?」
気付いたときにはそんな言葉が漏れていた。雨で生まれた靄の中佇む彼は一度振り向いて、曖昧な笑みを浮かべた。
「…さあ、何でしょうね」
「……」
ゆらゆらと、まるで霧のように、雨の中に掻き消えてしまうんじゃないかと思えるほど、この人は、
「君は、」
もう一度口を開いた少年。傘に隠れ表情は分からないが、笑った気がする。
「君は、面白い人ですね」
「……」
「名前、教えてもらえますか?」
「…名前です。会長さんは?」
「…骸。六道骸」
確か、前に聞いた名前はそんなものでは無かった気がする。でも、これが本当の名前なんだと思えた。何で、だろう。
「…雨が止む頃、きっと返しに来ます」
雨に霞んだ姿が、夢路のような声が届いた。


* * *


梅雨も明け、青空に細長い雲が浮かんでいた。自室でぼうっとして時間を潰していた名前は、玄関のインターホンが間抜けな音を立てたのを聞いた。
「はーい、……?」
「あ、あの…」
ドアの向こうに立っていたのは潤んだ瞳が可愛いけれど何と無く薄幸そうな美少女。知り合いでは無かった気がするが、と首を傾げてその姿を改めて見返すと、
「その傘…」
少女の腕の中にあったのは、確かにあの時名前が渡した傘。差し出されるままに受け取るが、頭の中で整理がつかない。少女は小さく口を開いた。
「骸様は、今暗くて冷たいところにいる…それで、返しに行けなくて、ごめんなさいって…」
少女がぽつぽつと伝えた言葉はいくつか分からない点があった。名前は「そっか、」とだけ返した。
「……」
「……骸様は、」
「えっ…?」
「骸様は、絶対にお礼を言いに来るって…」
その言葉に一度だけパチリと瞬きしてから、やんわりと微笑んだ。


「じゃあ、待ってる」


今度は雨の降らない日に、会いに来てくれるように。



2009.11.23


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