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▼ ありがとう

雪が積もった小道を、いつものように歩く。ここのところ止まない雪は、昨日驚く程吹雪き外出中止を余儀なくされてしまった。
彼女はどうしているだろうか。流石にあの真っ白なワンピースはもう着ていないだろう。もっと温かな格好で、雪と砂浜に足跡を付けているのだろうか。
雪の白に、辺りは埋め尽くされている。無数の色と共に、音も消えてしまったようだ。
これ程の白、もしあの子があのワンピースを着ていたなら、きっと溶け込んでしまうだろう。
そんなことを考えて少しだけ笑みを浮かべながら、一歩一歩足を運ぶ。
雪は止まない。音もなく、鉛色の空からただ降り落ちるだけ。
やがて堤防の手摺りと、雪に埋もれて危なげな階段が見えてくる。その先にある、浜辺。唯一雪のない地面。

足跡さえ、ない。

彼は息を呑んだ。
階段を注意深く、しかし早足に駆け降りる。雪に視界を邪魔されるが、必死に辺りを見回した。
それでも、いない。
息をするのも忘れて、ただ呆然と立ちすくむ。じわじわと浸蝕していく冷たい感覚は、けして冬の寒さではなかった。
――不意に、骸は何かを見付ける。
それは、波が届きそうで届かないところ、砂の上に静かに立てられた小さな封筒。彼はそろそろと近付くと、それを手に取った。真っ白な封には何も書かれてはいない。だが、これは恐らく…いや、確かにあの子の手紙だ。
その中には無機質な文字の並んだコピー用紙。そこに記されていたのは見知らぬ病名とその症状、治療法は見付かっておらず、不治の病であること…
(そんなものが、なんだっていうのですか…それをずっと黙って…僕は今まで…!)
破けてしまいそうな程力が入り、骸の手がわなないた。が、その紙の最後、少ない空白部分に手書きで文字が綴ってあるのを捉えた。



ごめんなさい








ありがとう


「…!」
その文字を凝視した。
たった二言、それでも言葉が胸に染みる。
ついに彼の涙腺は決壊し、顔を歪ませながらその場にしゃがみ込む。
誰もいない砂浜、声を押し殺す骸の上に、雪は舞い降りた。


* * *


やがて、再び春が訪れる。
和やかな陽気に包まれた浜辺で風を感じる少年が一人。
不意に響く羽音。見上げた少年の上を、一羽の白鳥が駆け抜ける。海の向こうへ飛び去る鳥を見送りながら、骸は少しだけ微笑んだ。


思えばお互い、住んでいる場所も連絡先も知らなかった。この関係に名前などない。ただ、彼の中には確かに彼女は在り続ける。






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これにて終了。骸はマフィアへの復讐を放棄したようです。
2011.6.7


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