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▼ 最期の詩

ある日少女は不思議な人に出会った。


クロームは大きな潤んだ瞳をパチクリさせ、目の前の光景を眺める。
その人は美しい満月を背景に、瓦礫の上に腰掛け、涼しい風に髪をなびかせていた。骸の幻想世界と酷似した空間の中、月明かりに透明感のある肌が煌めいている。
ずっと遠くを眺めていたその人は、やがて少女の存在に気付いた。
「初めまして、お嬢さん」
透き通る声でクロームに笑いかけた。
「あなたは…誰?」
最もな質問だ。
その人はふっと笑むと、口を開いた。
「私の名は名前、とでもしておきましょうか。どうぞお構いなく」
しかし目を離さないクローム。名前はくすぐったそうに笑う。
「そんなに見つめられると集中できません」
何をしているのかは分からなかったが、追求せずに距離を置いてやると、その人は再び月を眺めはじめた。
本当に、何をしているのか分からない。


その次の日の夜、眠った後かその前か、クロームはまた同じ場所でその人に会った。
「こんばんは、お嬢さん」
また、昨日と同じ笑み。
「あなたは…何者なの?」
「そうですね…月からの使者、と言ったらどうします?」
「………」
痛い沈黙。
「これは手厳しい」
おどけて困ってみせる名前。
それにも無言で応えると、肩を竦めて、
「…旅をする詩人とでも」
その回答は名前の雰囲気にしっくりきた。
「そう…」
「だから毎晩ここで思いに更けっているんです。いい詩が浮かぶまでね」
「…浮かんだら、どうするの?」
名前はにこりと微笑んでクロームに向き直った。
「その時は、聞いていただけますか?」


それから毎日名前とクロームは月夜に会うようになった。どちらともなく互いに引かれ合うように。名前はいつも瓦礫の頂上に座り込み推敲し、クロームは隣で静かにその様子を眺めていた。
「中々思うようにまとまりませんね…」
名前は唸ると、隣のクロームをちらりと見、思い付いたように口を開いた。
「貴女も暇でしょう。一つ、昔の詩を聞いていただけますか?」
「…うん」


それは、ある詩人の生涯を綴った詩。
あるところに素晴らしい才能を持った詩人がいた。その才を買った王国の女王が自分の美についての詩を綴らせた。
しかし詩人は言う。
「女王様、私の中で貴女は二番目に美しい…」
詩人の心の内に宿る最愛のものが、彼の意思を揺るぎないものへと変える。怒り狂った女王は詩人を処刑してしまう。
詩人は死後、最期の詩を完成させた。それは、詩人が一番愛したものへ捧げる詩。


名前は朗々と歌い上げた。
その詩人の気持ちを汲み取ったかのように愛おしく。
それを聴いていたクロームは、ある疑問が浮かぶ。
「…何の詩を綴ったの?」
「さて? …もしそれが分かったのなら貴女は詩人の才能がある」
もう夜明けですよ、と名前は言って立ち上がる。クロームも立ち上がれば、丁度美しい夜明けが顔を出した。
「あ……」
「綺麗ですね」
眩しい光に包まれる。二人はその輝きに見惚れていた。


ある日クロームが向かうと、名前は立ちっぱなしで物思いに更けっている。
「どうかした?」
クロームに問われ淋しげな笑みを浮かべる名前。
「呼ばれてしまったんです。もう行かなければならない」
「………」
「ここにも来れそうにありません。貴女も来ない方がいい」
「…そう」
名前はゆっくりと辺りを眺める。
「美しい場所でした。私はここを二度と忘れたくない」
満月を見上げ、星達を見上げ。
「…私は、この美しい自然を愛していた、何よりも」
「え…?」
「お嬢さん、この地も貴女も忘れない。そして私は必ず詩を完成させてみせる。必ず、貴女に届けます」
力強い眼で真っ直ぐクロームを見つめる。芸術家としての信念を感じた。なので、彼女もそれに答える。
「うん…待ってる」
名前はただ笑った。
「いつか耳に入れてもらう時まで、さようなら…クロームさん」


名前は薄れゆく月を見ていた。どこからか朝の始まりを告げる鐘が鳴る。今日は私が処刑された日なのだ。太陽が高く昇ったとき、この世界も消えてしまうだろう。もの淋しいが美しく、世界に別れを告げる場所には最適だ。それに、まさか人に会えるなんて思いもしなかった。
完成させる自信はある。
この世界と彼女に贈る、最期の歌を。


そして…少女は今日も待ち続ける。

2009.8.13


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