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▼ 春の雨

暖かい空気に、穏やかな風。桜の花びらが舞う校舎前で、生徒達が騒いでいる。笑い合ったり、泣いたり、写真を撮ったり。名前がそんな様子を屋上から見下ろして小さく微笑んでいると、背後で扉の開く音がした。振り返れば、立っているのは、いつもの仏頂面を浮かべた少年。
「雲雀君」
相変わらず学ランを肩に掛け風紀委員の腕章を付けて、つかつかと歩み寄る。
「何故君がここにいるの」
名前は胸元に花を付け、片手には卒業証書を持っている。つまり、名前も今日、並盛中学校を卒業した一人なのだ。
「この場所が好きだからね」
最後の思い出作りに、と思って。
そうして柔らかく微笑む名前の隣に、雲雀は何も言わず立つ。フェンス越しにちらりと下を眺めて、鬱陶しそうに目線を外した。
「雲雀君は相変わらず群れるのが嫌なんだね」
「群れるのは弱い奴等ばかりだ。僕は強いからね」
「そっか」
いつもながら会話は直ぐに途切れた。二人の間を、花びらを纏った風が吹き抜ける。
「ここまで届くんだね」
名前が半ば独り言のように呟くと、雲雀の表情が更に不機嫌そうになる。
「…桜は嫌いだ」
「へえ、意外だね。私は…嫌いじゃないな」
「ふうん」
再び訪れる沈黙。
名前はぼんやりと雲雀との思い出を思い返した。
思えば出会った当初から、いや、初めてここで会ったときは、サボりだとか言われていきなり殴り掛かられたのだが、それからぽつぽつ口を利くようになってからも、こんな短い会話しかしなかった。お互い顔も見ずに、でも見ている方向は同じで、名前が思い付いたように話し掛けると、雲雀が二言三言返す。
それが今日まで続いたのだ。
「私が雲雀君に初めて出会ったのも、ここだったね」
「そう」
「一年生の春だったよ。入学早々サボりかいって言われた」
「そう」
「雲雀君は卒業しなかったんだね」
「並中の風紀を守るのはこの僕だからね」
「私ね、並盛高校に行きたかったんだけど、親の都合で引っ越さなくちゃならなくなって」
「……」
「だからきっと、お別れだね」
「…そう」
「雲雀君は強いから、きっとこれからも、一人で強いんだろうね」
「……」
「私はきっと、高校生になっても、こんな風に屋上でぼんやりしてるよ」
でもね、多分、と続いた。
「…寂しい」
雲雀は応えなかった。名前は変わらず笑顔のままでフェンスの向こうを眺めていたが、やがて顔を雲雀の方に向けた。雲雀も、同じように名前を見る。
「雲雀君、今までありがとう」
名前は笑っていた。
「そして…さようなら」
目尻に溜まった水が、耐え切れずにこぼれ落ちた。
彼女が初めて見せた、笑顔意外の表情。
「…卒業、おめでとう」
雲雀もまた、仏頂面では無くなっていた。
春風が二人の間を吹き抜ける。花びらが舞い、涙をさらう。
「雲雀君の笑顔、綺麗だね」






ーーー
それぞれの道を、歩いて行くんだね
2011.9.24


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