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▼ 花の色は

のどかな午後。今や随分楽になった仕事を終え、城に戻ってきた佐助は、庭に面した縁側に腰掛け難しい顔をしている名前を見つけた。
「名前ちゃーん」
軽い調子で声を掛けると名前は直ぐに顔を上げる。
「わっ佐助!任務帰り?」
「そ」
「ご苦労様!お帰り」
心から嬉しそうに笑う彼女は、本当に素直だ。すぐに顔に出るから隠し事も苦手、よく気が付き仲間を何より大事にする。誰からも好かれる人柄だ。
ただいま、と妙に照れ臭い挨拶を返してから質問を投げ掛ける。
「どうかした?何か心配事でもあるみたいだけど」
名前はそれを聞いてまた難しい表情になるが、遠慮がちに口を開いた。
「佐助…私って幸村のお、奥さん、だよね?」
もちろん忘れていない。お館様の病や宿敵伊達政宗との決着、その他数多の苦境を乗り越え無事に事を終え、めでたく催された婚礼の祝儀。あの厳かで上品で、それでいて幸福に包まれたあの感覚は忘れるはずがない。
「何、旦那と喧嘩でもしたの?」
分かりきっているので答えはすっ飛ばし、怪訝な表情で問い掛ける。
「ううん喧嘩じゃないんだけど、でも私が何かしたのかも…」
「ええ?旦那が名前ちゃんに対して怒るなんて有り得ないって」
「でも…」
名前は最近の出来事についてつらつらと述べた。
それは幸村がお館様の元から帰ってきた頃から始まった。逸る気持ちを抑えられず出迎えた名前を、見向きもせずに摺り抜け、昼の団子を運んでも部屋の中に入れてくれない、最近はそうでもなくなったが、やはり対話するときも目が泳いでいるし、そわそわ落ち着かない。何度か前を向いて口を開こうとして、結局閉じて直ぐさま走り出してしまう。
「これじゃあ嫌われてるって思うしかないよ…私に不満があるのに我慢してるのかな?どうしよう、私幸村に嫌われちゃったら、もう…もう!」
酷く情けない顔をして佐助に縋る。佐助は微妙な表情で、視線を上の方にさ迷わせている。
「…あ〜、そういうことね」
「何、佐助は幸村の悩みの原因知ってるの?!それって私には話せないこと?!男同士じゃなきゃダメ?!私じゃ…力不足?」
必死に佐助を見上げると、その忍は困ったように頭を掻いた。
「いや、ダメっていう訳じゃないけど、むしろ名前ちゃんに関わることだし」
「え…」
「あー心配しなくていいって、旦那は名前ちゃんのこと本当に大切にしてるから!ただ、これは俺様の口から聞くことじゃないってか」
「うー…」
それでも納得いかないとばかりに唸る名前。
「うーん…名前ちゃんはさ、旦那のことが大切?」
「…うん」
はっきり頷くのを見て、佐助はある提案をする。
「じゃ、名前ちゃん、この際旦那に直接聞き出そうぜ。今晩にでもこうやって…」
「えっ…」


* * *


日がとうに沈んだ真夜中のこと、佐助の助言を参考にした名前はなるべく静かに障子を開けた。そろりと廊下に足を踏み出し、じりじりと移動する。隣の部屋までの僅かな距離を動き、中の様子を伺ってみると、まだ蝋燭の明かりが灯っていた。
(佐助の言った通りだ…毎晩眠れないのかな)
幸村を心配に思いながら、ゆっくりと深呼吸をする。その不安も全て今夜明らかになるのだ。意を決して障子を開いた。
「!?なっ、名前?かような夜分に何用か?!」
声も掛けずに入ったので幸村は大層驚いていた。敷かれた布団に正座という体勢で目を真ん丸にして名前を凝視していたが、やがてハッとしたように視線を外す。名前はそんな些細な動作にも胸を痛めながら、気付かないふりをして部屋に足を踏み入れた。幸村の前に同じように正座して、じっと見詰める。
「幸村…」
凄みのある視線に息を詰める幸村。まるで叱られた子供のように居心地悪そうにしている。
重苦しい空気の中、名前が息を吸った。

「大好き」

「…………なっ!!?」
随分遅れてからの反応だった。あまりの不意打ちに耳まで真っ赤に染まった幸村は、今にも立ち上がって駆け出してしまいそうだ。しかし、名前がその肩を押さえ付け、やはり凄みのある表情で幸村に迫る。
「幸村!!」
「はいっ!!」
大声で名前を呼ばれて反射的に返事を返す。彼の頬を冷たい汗がなぞった。
しかし、名前の顔は打って変わって不安をあらわにしたものになり、声も小さくなってしまう。
「私…幸村の足手まといかな」
「!?い、いきなり何を申すのだ!!」
「私ね!」
おろおろしだす幸村を遮るように声を大きくした。
「幸村が安心して戦出来るようにって、色々頑張ってたんだよ?!本当はすごく怖いし、寂しいし不安だし!でも我慢して、ずっと待って!手作りのお守り渡したとき、幸村凄く喜んでくれたよね?!すっごく嬉しかった!私の代わりに戦場までついて行ってくれるんだって…最近は戦も無くなって、幸村の奥さんにもなれて…でも、幸村全然構ってくれないし…私、自信無くなっちゃうよ。幸村に愛してもらってるのかなって…」
違う。本当はこんなこと言いたいんじゃないのに。
そう思っても、言ってしまったのはどうしようもない。
我が儘な女だ。やな女だ。本当に、嫌われてしまうかもしれない。
名前の双眸から、透明な雫がこぼれ落ちる。
「それ程不安にさせていたのだな…」
幸村がポツリと言った言葉。
そして、ふありと温もりに包まれる。
「名前は俺の奥だ。それは紛うことなき事実」
「…!」
「俺も、戦に出る度そなたの不安げな顔を見るのが辛かった。必ず生きて帰ると心から誓った。そしてそなたの笑みに迎えられる度、俺の心は安堵するのだ。そなたがくれたお守り…今も大事に持っておる。名前の全てが、俺にとっての心の寄り所だ」
「幸村…」
語られた想いに、胸の重りが消えていく。そして、ぶつけてしまった言葉を申し訳なく感じた。
「ごめん…ヒステリックに喚いちゃって」
「そなたの本心が聞けて良かった。…気付いてやれず、すまぬ」
「ううん…」
幸村の腕の中、そっと目を閉じる。とても心地が良くて、このまま眠ってしまおうかなんてぼんやり考えた。
「…って違ーう!!」
「ぬおっ?!」
ガバリと幸村から離れ、再び難しい顔で幸村に迫る。
お互い正座、テイク2。
「じゃあ尚更!どうして私に言ってくれないの?」
「な、何をだ?」
「幸村…私に何か隠してるでしょ。お館様のところから帰ってきた頃から」
その言葉に対し幸村は面白いほど顕著な反応を見せる。
名前のじと目から逃れるように視線を右斜め上に飛ばすが、沈黙に耐え兼ねたのか、観念したように俯いた。
「…と」
「え?」
普段の彼とは全く正反対に、小さな声。
聞き取ろうと耳を近付けると、幸村の耳が真っ赤なことに気付く。
「お館様がおっしゃったのだ。俺達が結ばれたのも、昔になりつつある。部下や民を安心させるためにも、子を授かれと…」
「ぇ、」
一瞬、名前がフリーズする。
が、直ぐさま顔を茹蛸のように朱に染めた。
まさか、まさか幸村の悩みが、そんな内容だったとは。
脳がパニックに陥り、わたわたと慌てる名前。対称的に頬の赤みが引いた幸村は深く息を吸うと、落ち着いて名を呼んだ。
「――名前」
凛とした声が彼女の鼓膜を震わす。幸村の目が真っ直ぐ射抜く。
「…そなたの本心、しかと受け止めた」
なれば、よいだろうか。
「あ…」
名前が最初に言ったアレは佐助の提案。夜分にこの部屋を訪れたのも佐助の案だ。だがそれらは全て、幸村に自分はもう覚悟出来ていると伝えるようなものだったのだ。
気付いた途端、更に頭が混乱した。
何か返事を返さなければと口を開けば、言葉にならない声が漏れるばかり。
目の前の幸村はいたって落ち着いているのが、更に焦りを生む。
きっともう戻れない。だからこそ、焦ってしまう。
「――…」
不意に、蝋燭の火が消えた。
急に訪れた暗闇に驚き、一瞬動きが止まる。
刹那、唇に感触。
そのままゆるりと体が倒れて行く。
――嗚呼。
ゆっくりと、目を閉じた。






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幸村が純情破廉恥。
夢主ちゃんがぶりっ子ぽくなってしまう…何故じゃ。
こっそりトリップ設定だったり。
2012.2.21


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