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▼ 言わせんなバカ

今回の合戦も一番槍として飛び出した名前。敵を蹴散らし走り抜け、大将までの道を切り開く内に元就も追い付き、今は互いに近い位置で敵兵を相手取っている。
「名前が槍、受けてみよ!」
威勢よく突き出した槍は相手の懐を掠める。追い撃ちをかけるように畳み掛けると、徐々に相手の顔色が変わる。そこに勝機を見出だし一閃、名前の槍が敵の脇腹を貫いた。
「よしっ!」
気合いの掛け声と共に拳を握り、ふと元就の方を見る。
雑魚兵に囲まれた主君は至って冷静な表情で輪刀を振るい、着実にその数を削っていた。しかし一瞬、生じた隙を見逃さず、彼の背後で刀を振り上げる者が。
「元就様ぁっ!!」
弾けるように駆け出した名前は、切っ先が振り下ろされる直前で元就と刃の隙間に滑り込む。崩れた体勢では防御がままならず、弾き損ねた斬撃が肩と腕を切り付けた。
「くっ…」
その衝撃で体がぐらつくのを感じながらも無理矢理槍を相手の懐に叩き込み、いよいよ地面に倒れた名前。
元就も珍しく切れ長の目を丸めていた。
利き腕をやられたのは苦しい。が、自己を顧みることもせず、直ぐさま立ち上がった。
「元就様、お怪我はございませんか?!」
しかし返ってきたのは冷たい視線。今までのどれよりも冷やかな絶対零度の眼差しに、名前は動きを止める。
「元就様…?」
分からなかった。何故彼がこんなにも凍り付くような表情をするのか。
「貴様…何故我を庇った?」
地を這うような声が、元就の怒りを表していた。
「わ、たしは…元就様がお怪我をなさるのを畏れて」
「怪我、だと?我が貴様のように無様な傷を負うとでも思ったか」
「それは、しかし…」
「黙れ、戯れ事を吐くな」
いつも以上に厳しい物言いに、面を上げることが出来ない。そのつむじに向かって、元就は吐き捨てた。
「何時も我の命に背き…貴様は真役立たずよ」
「…っ!」
びくりと揺れた肩。元就は鼻であしらい、名前に背を向けた。
ぐらぐらと頭が揺れる。元就の言葉が脳髄に反響する。
そして、彼女の意識が途切れた。


* * *


私は、私はただ、ただ元就様のお役に立ちたかっただけなのに。お褒めいただかずとも、ただあの方のためだけに刃を振るいたくて、なのにどうして。ああ、どうして何時も何時もあの方の邪魔ばかり。呆れられただろうか。切り捨てられるだろうか。あの方に見放されては、もう、私は、どうすればいいのか…ああなんだ、騒々しい。耳元で喚くのは何だ。


重い瞼を持ち上げると、木目が視界に飛び込んだ。
「ああ、お目覚めになりましたか?」
隣から聞こえた声は、良く知る女中のものだった。覚醒しきらない意識で頭をそちらに向けると、額の上から何かがずり落ちる。
「あらあら名前様、しっかり上を向いて下さいませ」
女中はクスクスと微笑みながらそれを拾い上げ、手元に置かれた桶の中に入れる。暫くしてから持ち上げたそれを硬く絞ると、再び名前の額に乗せた。ひやりと気持ち良い感覚に、漸く名前は思い出す。
(そうか、あの時受けた肩の傷が熱を持って…)
同時に感じ始めた痛みに顔をしかめつつ、そっと傷口を撫でる。既にそこはしっかりと手当てが施されていた。
「…と…りさま…」
搾り出した声は酷く掠れていた。
「元就様は、どうされている?戦況は…戦はもう終わったのか…?」
「はい、今度の戦も毛利軍の大勝でございます。殿もご無事にご帰還なされ、大きな被害も無く、今は全軍、城にて休息を取っておいでですよ」
「そう…」
それだけ聞くと大きく息をついた。
(元就様がご無事であるなら…よかった。あの方の傷は、私の傷より辛い。あの方が私の全てなんだ。私は…)
嗚呼、そうではないか。
何を恐れる必要がある。
彼が、無事に生きてさえいれば、命など、地位など、どうでもよいではないか。
その思考はあっさりと名前の中に落ち着いた。
一言残して女中か退室する。静寂に包まれ、一人大きく息を吐き出した。
(許しを請わなくちゃ…)
愚かな駒の浅知恵の結果を許可していただかなくては。重い体を引きずって布団からはいずり出ようとする。と、先程女中がきっちり閉めた障子が音を殺して開かれた。
「……」
そこに佇んでいたのは彼女の主君。名前を見下ろし一言。
「…何をしておる」
布団から半分体を出した状態でもがいていた彼女は慌てて体を起こした。
「もっ元就様?!何故ここに…」
それには答えず、仏頂面のままずかずかと室内に踏み込み、名前の座る布団の前に立つ。訳の分からないまま見上げる名前。その乱れた寝巻の隙間から白い包帯が垣間見えたが、元就は僅かに眉をひそめただけで動く気配はない。なので名前が先に口を開いた。
「――元就様」
深く頭を下げ、言葉を紡ぐ。
「どうか、愚かな名前めの願いをお聞き入れ下さい」
元就は無言のまま。
「私は、私はもう、貴方の駒でいられません」
元就の眉がピクリと動く。
「…何だと?」
不機嫌と疑問の織り混ざった声色だった。
「申し訳ございません。私は貴方の御命を守れないことよりもっと恐れていることがあるのです。私は…貴方が傷つくのが、一番恐ろしい」
しかし彼女の主は彼女よりもずっと強い。滅多な事では怪我なんてしないだろう。名前が庇った時も元就ならば怪我一つ負うことなくあっさり避けていたかもしれない。それでも、それでも名前は、守れないのは嫌だった。
顔を上げた名前は、その瞳に強い光を宿していた。
「貴方の駒である限り、貴方をお守りすることが出来ないと言うのなら、私は毛利軍から脱し、浪人としてでも貴方をお守りいたします」
彼は、その揺るがぬ決心を垣間見た。
「我が儘とは百も承知、どんな罰も受けましょう。ですがどうか、この命だけは戦場で貴方の為に散らせて下さい」
お願いします、と再び額を布団に付ける。
暫しその場に沈黙が訪れる。不意に元就の動く気配を感じ、そろりと顔を上げてみると、
「…貴様」
今まで見たこと無いくらい怒っていらっしゃった。地獄の底から轟くような声と、眉間に深く刻まれた皺がそれを物語っている。
足音を立てて名前に迫り乱暴にしゃがむと、蛇に睨まれた蛙の如く身動きの取れないでいる彼女の肩を、がっちりならぬぎっちりと掴む。
「捨て駒の分際で我が命を破るどころか、軍を降りるだと?よくぞ言えたものだな」
「いひゃひゃひゃいひゃいいひゃいえふぅ!!」
空いている方の手で頬を捻り上げる。粘土細工のように右へ左へこね回し、やっと放したときには名前の頬は真っ赤に腫れ上がっていた。それでも苛立っていた元就だが、ふと名前の肩の手当ての跡を見て押し黙る。
「も、元就様…?」
「…我が苛立った理由は、貴様のその間抜けさよ」
困惑する名前に返ってきたのは、幾分落ち着いた声だった。
「このような傷…何故負った。貴様は何故いつもいつも我の計略を乱す」
「も、申し訳、」
「貴様は何故…何故我の心をこうも乱すのだ」
「え、」
「貴様が地に伏したとき…全ての意識を奪われた。貴様が流す血を見たとき、全身が動きを止めた。何故だ。何故いつも貴様は我の邪魔をする。何故我は貴様の一挙一動に弄ばれる。我にとって、貴様程疎ましく、貴様程欲する存在はない」
「そっ…」
何か言おうとして、しかし口を噤む。分からなかったのだ。何故、彼がそんなことを言うのか。
うなだれるように頭を垂れて、肩を掴む手も、いつもより弱々しく感じる。主のこんな姿は、今までに見たことが無かった。
「元就様…?」
名を呼ぶと、その手が震えた。徐に顔を上げた元就は、じっと肩を見詰める。
そして――
「痛っ?!」
乱暴に、そこに巻かれていた包帯を剥ぎ取った。
あらわになった生々しい傷。
名前は訳が分からぬまま元就を見るが、その表情は全く変わらず、ひたすら傷を見詰めている。
と、彼の手が二の腕を掴み、名前の体をしっかり固定する。
頭に疑問符を並べて、ただ彼の動作を眺める名前。
元就は徐に唇を肩に寄せた。
「つぅッ?!!」
ビクリと跳ねる体。背中を駆け抜けた鋭い痛みに身をよじり逃れようとするが、元就がそれを許さない。
再び起こった痛みにたまらず肩を見遣ると、彼の赤い舌が傷口を這っているではないか。
「!?!?!?」
混乱と羞恥と熱と痛みに動けない名前を尻目に、元就は薬も血も舐めとっていく。
「い…っ、……ぁ」
「…フ、」
彼の口から漏れた吐息が、傷を撫で、再び舌がそこをなぞる。その度に名前が小さく呻いて、小刻みに震えた。
どれ程そうしていただろうか。
元就がやっと顔を離すと、名前は崩れるように前に倒れ肩を大きく上下に動かし始める。そんな様子に、元就がくれてやったのは鼻であしらうといった動作だった。
「これに懲りたら、二度とそのような妄言を口にするでない。よいな」
そう言い捨て、さっさと退室してしまった主の背中を見送り、ただただ呆然とするしかなかった名前だが、暫くしてハッとすると乱れた衣を正して、血の付いた包帯を拾い上げる。
薬が無駄になってしまったと、心の中で思いながら。






ーーー
その後腹痛に倒れるナリ様(薬舐めたせい)
2011.11.26


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