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▼ ツンデレの扱い

「元就様…」
遠慮がちに主君に呼び掛けるが、返事はない。元就は文机に向かったまま、背後に控える名前に目も向けない。
「元就様ー」
再び呼んだが、結果は変わらず。
主はいつもの鎧兜姿でなく、落ち着いた色調の袴に身を包み執務に専念している。執務中にはやれ茶を用意しろだのやれ大福が食いたいだの、顎で使われるのは毎度のことで名前自身慣れっこだが、何故か今は命じることもせず、ただ控えさせられてかれこれ一刻は経っている。主の命とあれば守るのが常だが、流石にこのまま何もせずに一日を終わらせるのはままならず、元就に声をかけたのだ。
「元就様、御命がないようでしたら下がらせていただきたく…」
「……」
というか武将である名前は本来こんなところで雑務をこなしている場合ではなく、道場にでも行って武芸に精を出すべきではないのか。最近戦もないが、いつ隣国が攻め入って来るか知れない状況は変わらない。前の出陣から今までのんびり茶を入れることしかしていない気がする。これは非常にまずい。
「ももも元就様っどうか道場へ向かう許可を私に!」
焦り始めた名前に、やっと元就は振り返った。そして口を開くと、
「茶を」
「はい?」
「茶を用意いたせ」
「もっ…となり様ぁ!私の言葉は全て無視ですか?!」
名前は一瞬だけ呆けるが、直ぐに身を乗り出して元就に迫る。が、相変わらずの涼しい顔で「さっさとせぬか」と返された。
「〜〜、…ただいまお持ちいたします!!」
何か言い足そうにしたものの、結局歯を噛み締めて押さえ込んだ名前は乱暴に立ち上がった。襖の閉まる音を背中で聞きつつ元就は執務を再開させる。ややあって名前が急須の乗った盆を置いて襖を開く。むっつりと閉じた唇の奥で未だ歯を食いしばったまま、それでも手つきは繊細に茶を注ぎ、湯気の立つそれをやや乱暴に座卓に置く。元就は、それをちらりと見たものの執務の手を休めることはしなかった。
「…お飲みにならないんですか?」
「必要ない」
スッパリ言い切った彼に、とうとう限界を迎えた名前は、拳を震わせて怒りをあらわにする。
「元就様っ!!何故先程から、いえそれ以前より私に意味もない雑用ばかり命じるのですか?!智将と知れた貴方ならば、駒の有効な活用法など熟知しておられる筈では?!」
ゆったりとした動作で湯呑みを取り、それを口元に運ぶ。一口飲んで、徐に振り返った。
あっさり蹴散らされるかと思っていた名前はそれに面食らい、やや怯む。
「今更当然の事を言うでない、この阿呆め。我程の者が貴様のような手駒の活用法を知らぬはずがない。貴様を扱えるのは我だけよ。我こそが貴様に相応しい主君よ…故に我の側におれ、これは命令よ」
「………はぁ?」
いきなりべらべらと喋るので、圧倒された名前だが、最後の台詞に疑問を抱いた。
「分からぬか、我が貴様をより良く扱い、貴様がより良く我の駒となる為ぞ」
「……」
それだけ言い切ると、彼は再び執務に戻った。
元就の口調は尤もらしいことを言っているように錯覚させるが、名前はそれでも微妙な表情をしている。
元就の言葉を簡単にすれば、側に居れば、お互いより信頼出来るようになる…というようなものだ。主従関係をより強くする…元就に限ってそんなことするだろうか。
いやそれよりも、もっと違う方向に。
互いのことを良く知れば、仲が深まる…とか。
「…!?」
動揺して思わず立ち上がった名前。元就は振り返りもせず「どうした」と問う。
まさかそんな、いやでも多少はそんな気もしないでも…己の主君は言動と心境が正反対な時もあるし。
なにより、名前自身期待していたりもする。
「…ハァ」
結局、溜息をついて再び座するのだった。
元就が満足げに笑んでいるとも知らず。



2012.1.6


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