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▼ こんにちは

心地好いまどろみに包まれて、意識はゆらゆらと何処をさ迷う。水面で揺らぐ蓮の花は、ちょうどこのような気分なのだろうか。
不意に、この快楽にある種の恐怖を感じ、骸は瞼を持ち上げた。
それと同時に流れていた子守唄が止む。
「あ…起きた?」
隣で、少女が微笑んだ。秋の夕暮れに溶け込むような、柔らかい笑み。沈み行く太陽の揺らめきに、目を細めた。
また、眠ってしまった。
この浜辺に足を運ぶことももはや日課となり、彼女と並んで海を眺める。少女も骸もお互いのことを必要以上に詮索せず、ただ歌い、ただ耳を傾けるだけだった。
こんな平凡に、言いようのない不安が募る。このまま甘えてしまえば、沈みきった体は二度と持ち上がらない、そんな気がする。
けれど、微笑みを湛えて海を見つめる彼女の横顔は、骸に未練を産ませる。
なんて幸せそうな表情なのだろうか。なんて、優しい歌声なのだろうか。
ぼんやりと眺めていると、少女の瞳が右から左へ動いた。視線を追うと、海の上を渡る鳥の群れ。
「ねぇ…鳥は、自由なのかな」
ぽつりと漏らした言葉。
「自由…?」
「うん、あんなふうに空を飛んで、海を渡ってどこまでも行くの。自分の力の限り、飛んでいくの」
羨望の秘められた眼差しで、水平線を望む少女に、骸は渋い顔になる。
「鳥が自由などと、誰が決めたんです?海を渡る間は休むとこともない、力尽きれば最後、海の藻屑となるしかないんですよ」
自由は時折酷く不自由なものとなる。羽ばたき続けることしか出来ないのは、果たして自由と言えるのだろうか。
己は今、走り出そうとしている。それは自身の望みを叶えるため。それが、己の決めた道。自分のすべきこと。それは果たして自由となるのだろうか。あの鳥のように、苦しみもがいているだけではないのか。
「…うん、そうだよね…ごめんね…」
何故、謝るんですか。何故、そんな悲しそうな顔をするんです。そう、声をかけることが出来なかった。
少女の弱々しい笑みは、今にも水平線へと沈みきってしまいそうな夕日のせいで、深い影を落としていた。


鳥はもういない。飛び去ってしまったのか、それとも力尽きてしまったのか。



2010.9.23


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