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▼ また会ったね

彼女との出会いが記憶の底に埋もれようとしていたころ、骸は再び海へと足を運んでいた。あの時と同じように、ただの気まぐれと暇潰しで。同じ制服を着て、同じ髪型をして、同じ足取りで。違うところといえば、太陽の照り付ける日差しが酷くなったところだろうか。
(…?)
海辺までの距離が大分近付いてきたとき、潮風に乗って何かが聞こえてくるのに気付いた。
(これは…歌?)
細い声だが、見事な旋律を紡いでいる。骸の中に小さな好奇心が芽生え、歩調を速めて道を辿る。だんだんと見えてくる海の青と、徐々に音量を増す歌声。
(――あの姿は…)
その瞳が捕らえた背中は、あの日と変わらないワンピース姿だった。
波が届きそうで届かないところに佇み、水平線に向かって気持ち良さそうに歌っている。
骸は、邪魔をしないようにと足音を小さくしてゆっくりと近付く。しかし、音がちょうど途切れた瞬間、砂の音が鳴った。その微かな音にぴくりと肩を揺らして、驚いた顔で振り向いた。骸の姿を捕えた途端、その目はさらに丸くなり、それからふっと微笑んだ。
「また会えましたね…」
遠慮がちに開かれた口から、細い声が漏れる。それから、そわそわと腕を握ったり、手を組んだり、少し困ったような視線を向けてくる。
「素敵な歌声でしたよ」
にこりと笑顔を返すと、少女の頬は真っ赤に染まった。
「あぁあや、やっぱり、聞いて…」
「すみません、邪魔をするつもりはなかったんですが…」
「あ、や、別に、いいです…」
彼女は慌てて手を横に振るが、声は尻窄まりで、顔は依然林檎のようだ。
おかしな様子に骸はクスリと笑みをこぼすが、それ以上は何も言わなかった。
「……」
「……」
しばし沈黙が訪れ、波の音が静かに時の流れを知らせる。キラキラと反射する水面を眺め、目を細める骸。少女はその横顔に怖ず怖ずと声をかける。
「私の…」
「えぇ」
「私の母が、よく歌ってくれていたんです。眠る前に、ベッドの側に座って」
成る程、あの柔らかな旋律は子守唄にぴったりだった。
「大好きな唄だから、つい…その」
「よければ、」
「えっ」
ピクリと肩を揺らした少々に、柔らかな表情を向けた。
「もう一度聴かせてくれますか? その唄を」
彼女はちょっと俯いたあと、まだ恥ずかしそうにしながら、小さく頷いた。



それからその浜辺に歌声が響く。



2010.8.12


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