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▼ 恋来い

幸村と私は小さい頃はよく一緒に遊んだ仲だ。野山を駆けて泥まみれになったり、団子を食べて昼寝をしたり、二人で道場に通ったり、勉学に飽きて落書きしたり、チャンバラして襖を破って佐助に叱られたり、何時でも一緒だった。今でも毎日共に鍛練をこなしたり、執務に疲れた幸村が私の部屋に逃げてきたり、昼時に団子を食べに城下へ行ったり…
そう、私は彼の幼なじみ。
「此処にいたのか名前!そろそろ昼時だ、共に団子を食いに行こうぞ!」
噂(?)をすればなんとやら、障子を綺麗に全開にした幸村は、目をきらきらさせて急かす。
一応私の主君という立場のはずだけど、幼なじみという意識が強すぎるせいか毎日こんな調子で、下手したら私は佐助より振り回されてるんではないだろうか。
「はいはい、準備するからちょっと待って。そんな急がなくても団子は逃げないよ」
「腹が減ったのだ、仕方あるまい!」
見計らったように幸村の腹から大きな音が鳴る。
「幸村ってほんと燃費悪いよねー…」
溜息を吐きつつ箪笥から適当な衣を出し、袴姿の上からそれを羽織るだけで外出の準備は完了だ。我ながら着飾ってないとは思うもののきらびやかな着物は動きづらくてあまり着たくない。それに幸村は異性が苦手な超絶初人だから女らしい格好をしてびっくりされても困る。
…多分幸村は、私のことを女だと意識していない。幼なじみという認識が一番で、主従という意識でもない。だから他の女の人の誰よりも近くにいれるし、他の武人の誰よりも気さくに出来る。これが良いのか悪いのか、心の奥に潜ませたむず痒い乙女心は始終もやもやしっぱなしだ。
そんな私の気も知らないで幸村は笑顔で手を引っ張る。早く団子にありつきたくて仕方ないらしい。
「ほんっと幸村って昔から変わんないよねー」
「む、急に何だ?」
「別にー…ほら、早く行くんじゃないの?」
「うむ!そうであるな!」
きょとんとしていた幸村は、私の一言で再びずんずん歩きだした。嗚呼、いつの間に歩幅にこんなに差が出たんだろう。背だってどんどん高くなるし、益々男らしくなっていく。長い髪と鉢巻きの翻る背中が逞しくて頼もしくて、眩しくて、私ばっかり焦がれてて、悔しいようなじれったいような。


自然零れた溜息は、誰にも拾われることはなく――


「どうしたの名前、恋煩い?」
「ゲッホゲフ!!さ、さすけぇぇえ!!」
しっかり佐助に拾われていた。いつの間に背後に、流石忍。というかいつの間に私は物思いに更けっていたのか、確か今は雑務をこなしていたはずで。いやそれよりも佐助の発言に、
「こ、恋煩いて」
「んー、だってさ名前、此処のところぼーっとしっぱなしだぜ?もう時期戦が始まるってのに、油断してると後ろからグサッとやられるかも」
「佐助に言われるとシャレにならんわ。……ああ〜そんなにバレバレだったのかなぁ」
頭を抱えたくなった。
「少なくとも旦那にはバレてないでしょ、あの人色恋沙汰には疎いし」
「だよね、私絶対女として認識されてない」
遠い目をしながら力無く笑う。そんな私を佐助はじっと見つめた。
「名前、旦那に女の子って意識されたいの?」
「そ…そりゃまぁ、好きな人、だし」
言ってて恥ずかしくなるなコレ。
「…じゃあさ、戦が始まる前に一度町に出ない?」
「はん?」
「俺様とお買い物。そうと決まれば早速明日にでも、昼から空けといてくれよ、じゃ!」
「え、ちょっ何なの?!」
声は届いたのか届かなかったのか、佐助は颯爽と遠ざかってしまった。
「……」
残された私は暫くぽかんとしっぱなしだった。


* * *


今度の戦は武田軍の大勝となった。城では宴会が催され、皆馬鹿騒ぎをしている。それは幸村も例外ではなく、勝利の喜びに彩られた空気に程よく酔った彼は締まりのない顔で自らの杯を空にした。
「む…誰か酒を」
もう何杯目かも分からない。
空になった酒瓶を片付けていた女中が、ただいまお持ち致します、と襖から出ていった。
幸村は良い気分のままに視線を遊ばせ良い顔ばかりの広間をぐるりと一瞥し、ふと思った。
(そういえば、名前は何処へ行ったのだろうか)
先の戦でも、自身の端で健気に敵兵を牽制していた彼女は、今は傍にいなかった。


所変わって、そこには神妙な面持ちの名前と、じれったそうな佐助がいた。
「佐助さん…まじで大丈夫ですかね」
「だーかーら、名前さっきから同じことばっか言ってるよ」
「う…だってこんなの…すごく違和感が」
「大丈夫大丈夫、ちゃんと似合ってるから自信持ちなって!」
「うむむ…」
「ほらぁいつまでそうしてるつもり?旦那が待ちくたびれてるぜ?」
「わ、分かったよもう!」
そんなやり取りを経て、襖の前でぐずぐずしていた名前はやっとこさそれを開いた。中では酔っ払い共が相変わらず騒ぎ立てていたが、名前が足を踏み入れた瞬間静まり返る。その反応に若干尻込みするが、なんとか一歩踏み出した。上の方に座っている幸村は何をするでもなく、まどろみかけている。そんな彼に名前は静々と歩み寄るとゆるりと傍に膝をついた。
「お酌を」
落ち着いた声色で紡ぐと、やはり夢心地な幸村が杯を差し出す。
「やっと来たか名前、今まで何処に…い、た……」
名前はついと酒瓶を向け、手首をしなやかに曲げて透明な液を注ぐ。再び腕を引っ込め、そこで漸く目線を上げると、真ん丸な瞳とかちあった。幸村は、それはもう鉢巻きの色と区別がつかないほど顔を真っ赤に染め上げ、口をぱくぱく、まるで金魚だ。
「幸村…?」
訝しげに見上げる名前は普段の袴姿とは一変、きらびやかな振袖を身に纏い、丁寧に纏められた髪には簪が挿され、細やかな飾りがしゃらりと揺れる。いつもより白く輝く滑らかな肌、薄く乗せられた紅、細い首が、今は惜し気もなく晒されている。
「ふむ、よく似合っておるぞ名前。やはり女子は着飾れば輝くものよのう」
お館様が感慨深げに唸ると、名前はしとやかに頭を下げる。
「お褒めにあずかり光栄です」
因みに名前が何故こんな姿をしているかというと、以前佐助と交えた会話が事の発端である。あの後佐助はお館様の元へ行き、次の戦の勝利の酒宴では是非こうしてくれと提案し、それに快く返事をしたお館様はくれぐれも幸村には気取られるなとまでおっしゃったそうで、翌日の午後は勿論仕事を免除され、佐助と二人、呉服店であれやこれやと名前にピッタリ尚且つ幸村にも効果抜群の反物を選んだのだ。帰りがけに団子を買えば幸村も特に文句は言わなかった。全く単純である。
そして今、この金魚さんは真っ赤っかのまま戻る気配が見えず、名前は多少苛々し始めている。なんか言えや。
「……」
「……」
「……」
「…幸村」
そっと手と手を重ねてみると、途端弾けるように立ち上がった幸村は、お決まりの台詞を吐いて逃走した。
「ははは破廉恥でござるううぅぅー!!!」
後に残ったのは盛大にぶちまかれた杯の酒だった。
「……」
振袖にかからなかったから良かったけれど、あれでは不満だ。普段は何の気なしに触れ合っていたのにちょっと着飾っただけであれなんて、軽く凹む。
「やっぱこんなのやんなきゃよかったかなー…」
「名前」
「お館様?」
「何をしておる。幸村のあれに不満だと申すのなら、満足の行く返答を受け取るまで地の果てまでも追い求めぬか」
「え」
「一度押すと決めたなら、最後まで押し通せぇい!!」
「ぅわっはいぃ!」
凄い気迫に圧されて名前は立ち上がった。


* * *


幸村は案外あっさり見つかった。彼は井戸の縁に手をついて俯き加減でじっとしている。全体的にしっとりしていて、多分水を頭から被ったんだろう。その背中にそっと近寄ると、大袈裟に肩を震わせた。
「…幸村」
「……」
「幸村ってば」
「……」
ダメだ、こっちを見ない。耳が赤い。私は小さく溜息をついた。
「もー、この格好そんなにダメ?じゃあいいよ着替えてくるから、だからいつまでも向こう向いてないでよ」
「だ、駄目ではない!」
こっちを見ないまま全力で否定されても説得力がない。私のぶすっとした顔、分からないでしょ。
「いっつもは私のことなんてちっとも女の子って意識してないくせに…」
ちぇーと唇を尖らせてみせると、漸く幸村が振り向いた。まだ顔は赤い。
「そそそそれはどういう意味だ」
吃りすぎだ。
「どういうって…私だって年頃の女の子なんだし。幸村そんなつもりなかったでしょ」
「っ」
幸村が何か言いたそうに口を開くが、結局閉じる。思案顔で黙り込んでしまった。やっぱりこういう方面はからきしダメみたいだ。
「うんごめん。そういうの幸村には無理なお願いだったよね。やっぱこれからもいつも通り接してくれたら、というか避けられる方が嫌だから…」
「名前」
落ち着いた声が鼓膜を震わせた。いつの間にやら、目の前の青年はすっかり冷静さを取り戻し真っ直ぐこちらを見つめている。
「幸村…?」
真剣な表情にどきっとした。先程までとは雰囲気ががらりと変わって、普段のでも、戦場のでもなくてどぎまぎしてしまう。
そのまま、幸村が一歩踏み込む。私はちょっと気後れして一歩下がる。すると再び幸村が一歩踏み出す。一歩下がる。踏み出す。下がる。踏み出す。下がる。と、膝裏が廊下にぶつかった。直ぐさま距離を詰められて、幸村の大きな手が、私の手を覆う。唇が、耳元に寄せられる。
「なれば名前は、」
吐息が、とろけるような声が、耳を、脳を侵す。


「俺のことを男と意識していたのか?」


甘かった。どうやら私は幼なじみの本性を引っ張り出してしまったらしい。私の認識では全く足りない程男を感じさせてくれるそれらは、ひどくひどく甘かった。






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天然タラシ。
2011.8.1


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