あやかしあかし | ナノ
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春の陽気に包まれる中、母親の腹から誕生した子狐には、6匹の兄弟がいた。父も母も健全で、2匹はせかせかと子供達の為に餌を運ぶ。だが、餌を与えられる子供達の中に、子狐は含まれていなかった。
一番最初に外に出て来て、兄弟達よりほんの少し体が小さかった彼は、無情にも両親に捨てられた。
親に見捨てられた子狐が辿るのは野垂れ死にへの道。
しかし彼は自らその道から脱した。体が小さい代わりなのか、生まれながらに知能の高かった子狐は、兄弟達の餌を盗み、親の狩りの様子をつぶさに観察してそれを真似した。採れる量は決して多くはなかったが、子狐が生きながらえるには足りる程の食料は獲得出来ていた。
それでもかつての家族は無関心だった。最早子狐が血の繋がったものだというのも忘れてしまっていたのかもしれない。子狐が双眸で見詰めても、誰も見詰め返してはくれなかった。知能の高い子狐は、寂しさを感じ取っていた。ただ一つ、子狐を見下ろす存在の日輪も黙したままだった。
そうして時は流れ、冷えた心を表すかのように、林に冬が到来した。
凍てつく空気、冷たい風から逃れようと、かつての家族が住む穴蔵へ赴くも、彼等は無情にも子狐を追い返した。
更に雪まで降ってきた中、子狐は歩む。
食べるものもなく、寒さに体力が奪われてばかり。ついに雪の上に倒れてしまった。
朦朧とする意識の中、子狐は必死に頭を回転させる。
今、考えるのを止めれば眠ってしまう。今眠れば、きっと二度と目覚めることはない。
こんなところで、死ぬのか。
子狐の中で生まれる恐怖。しかしそれ以上に膨らむのは、怒りと憎しみ。理不尽に虐げられ、追い詰められた自身の境遇にどす黒い感情が溢れる。子狐の中で急速に膨張したそれは、彼の思考を埋め尽くす。
死ねるものか。ぼろ屑のようになったまま、雪に埋もれてなるものか。あの狐共の下卑た目を潰してやらねば、生きてきた意味すらなくなる。
死ねるものか。死ねるものか。死――
刹那、子狐の中に貯まっていた負の感情が、密度を持った靄となり、子狐の全身から弾け出す。
黒い靄は瞬く間に林全体に霧散したが、それきり何も起こらなかった。
糸が切れたように、小さな体が動きを止めた。その上にしんしんと雪が積もっていく。
意識が消える直前、足音を聞いた気がした。


* * *


目が覚めたとき、妙に頭が冴えていた。瞬時にここが林でないことを理解する。何かの気配と、聞き慣れない音の方へ目を向けると、見たことのない生き物を発見した。
林に住んでいたどの生き物とも全く違う、全身体毛に覆われているわけではなく、代わりに薄い布を纏い、長い手足を指の先まで器用に使っている。
不思議な形をした物…道具を扱い、ぱちぱちと音を立てる熱…炎を突いていた。
狐には到底出来そうにもないことを当然のようにやってのけるその生き物――ニンゲンに、子狐は興味を持った。
差し出された木の実には、直ぐに手をつけない。そうすればニンゲンは食べさせようと工夫して、毒ではないと示すように食べてみせる。木の実を指でつまみ、口へ運ぶ。その動作をじっと観察した。
なんと器用な生き物だろうか。他にどのような動きをするのだろう。もっと動く様子を見てみたい。己が何かしてみせれば、それに対して更なる動作が見れるに違いない。
子狐は、ただニンゲンの体の動きを観察するためだけに、青年の側にいた。
ニンゲンは感情豊かな生き物だった。だが子狐は、ニンゲンの体の造りには関心を寄せたが、感情は不要と見なした。
思い知ったのだ、悲しみや憎しみの苦しさを。
青年は温かい眼差しで子狐を呼ぶが、子狐は全く心動かされない。
あの日、林に霧が広がった後、子狐の内側は雪のように冷たくなってしまった。
青年は、子狐を林へ放した後も度々林へ訪れた。子狐のことが気掛かりだったようだが、子狐にとってどうでもいいことだった。青年が木の実をもぎ、薪を集める動作を具に観察する。
その上で思う、ニンゲンの体が欲しいと。
しかし、それを手に入れる方法が分からない。狐は狐であるしかない。
ニンゲンの動きを真似ようにも、長い指の付いていない足では何も掴めない。
いつしか青年も林に来なくなり、子狐は独り悶えるだけだった。
ただいたずらに時を消費するだけの日々。そんなある日、林が俄かに騒ぎ出した。
自然のものではない、鋭く風を切る音。
体を貫く衝撃に、目を見開く。
そこから流れる生温い感覚。近付く足音。ニンゲンの声。
ニンゲンが手にしているものを見たことがある。あれは生き物を殺す道具だ。狙われたのは、己か。
こんなところで、死ぬのか。
ニンゲンの下卑た声が聞こえる。釣り上がった口角は、欲を満たした醜い表情を作る。
不必要だ、こんな醜いモノなど。己ならば、もっと上手く扱うというのに。
こんなニンゲンの欲の為に殺されるのか。
狐の中に再び生まれる、どす黒いもの。傷口から滲み出るそれは、渦となって狐を取り囲む。いつぞやに林に散らばった靄も、再び彼の元へ集まり、黒いいびつな塊となってうごめいている。
摩訶不思議な出来事にうろたえる狩人は、黒い塊の中で鋭い双眸がぎらりと光った途端、腰を抜かしてしまった。
気色悪い、化け物。
狐の姿を見て狩人はそう喚く。
何を言う、醜いのはお前の方だ。欲に塗れた生き物め。不要な感情に振り回されて、ぶざまに逃げることしか出来ぬのか。それだけ便利な体を持ちながら、無為にしか使わぬなど。
目障りだ、不愉快な存在め。消えてしまえ。
狐の思いに合わせ、黒がうごめく。触手のように伸びたそれは狩人に襲い掛かる。
形容しがたい音が鳴り、男の叫びが響く。
この人間の体を喰らえば、人になることが出来るだろうか?
否、この人間では駄目だ。
あれがいい。まだ若く、器用なあの青年の体がいい。
青年は最近めっきり姿を現さない。ならば呼び寄せればいい。
「グ…ク」
喉を鳴らすとしゃがれた声が出た。それは、狩人の野太い声と同じものだった。霧で喰らった者を己に取り込んだのだ。
更に力を得る必要がある。あの男を呼び寄せるために。
かつて親兄弟だった者達を喰らった。その分身体は大きくなり、尻尾の数も増えた。喰われる前、狐達は彼を見ても何の反応も示さなかった。
林に来た人間を喰らった。己の姿を見た途端、嫌悪を現にした人間に噛み付き、その傷口から黒い霧を染み込ませた。そうするとその人間の生気を徐々に奪うことが出来た。そうして数人襲えば、彼は人間の言葉を扱うことが出来るようになった。
ここまで異端な姿になって、果たしてあの青年はどんな反応をするのだろうか。ふと、脳裏を横切った思いに馬鹿らしいと頭を振った。
――そして、青年は今、狐に槍の穂先を向けている。恐怖や嫌悪を混ぜ合わせた瞳で、こちらを睨んでいる。
当然の事だ。人間は不要な感情を持つ生き物なのだから。
期待など、していなかった。
狐の体が霧散した。それは青年を包みこみ、その魂を引きずり出す。空になった器に、狐は侵入した。
青年が纏っていた霧がその身体に潜り、その姿が現になる。
ここに『狐』はもういない。いるのは、人の皮を被った妖狐だけだ。
「貴様の体の利便性はよく分かった。故に明け渡してもらうぞ」
青年の声で、青年の身体で、狐が宣う。
答える者は、既にいない。


* * *


林の生き物を喰らい、村の人間を喰らい、その力は増幅していった。
妖孤の訪れに人々は恐怖し、その震えは彼に更に力を与えた。
自分には不要だと思っていた感情が妖孤の力になることを知り、彼は人間を利用し始めた。
生かさず殺さず、恐怖だけを与え、人々が放つ負の感情を己の力に変換した。
やがて狐に恐れを為した人間は、彼の怒りを鎮めるため、彼の為に祭壇を設けた。奉られたところで妖狐にとっては関係のない話だが、人間は定期的に供物を捧げるようになったので、それを糧とし、更に己を飛躍させた。
いつしか妖孤は、毛利元就という名の神になっていた。
畏怖の念が祭壇に捧げられ、それは神の力として元就に蓄えられた。冷たい霧を纏うだけでなく、神の光をもその身に宿し、妖狐元就は天ツ国に住家を与えられた。
それを与えたのは、全ての頂点に君臨する神。元就が無力な子狐だった時から、彼をただ見下ろすだけだった存在。
元就の宿す光より何倍もあるまばゆさで、天ツ国に昇った後も、同じように見下ろしてくる。
元就は、それが気に食わなかった。何もしない神が、何故こんなにも信仰され力を持つのか。納得が出来ない。
なれば、引きずり落としてやろう。
偉そうに踏ん反り返るその神を、己の力で。
妖怪上がり、と蔑む視線をものともせず、元就はただ、上を見据えた。
しかし、彼が反乱を起こしたときも、その視線は変わらなかった。あろうことか、同じ妖怪や動物の神々でさえ、彼を奇妙なもののように見下した。
元就は、彼等が味方になることを期待していた訳ではない。だが、まるで己が愚か者のように扱う神達に、納得がいかなかった。
力の差は歴然だったが、元就は行動したのだ。ただただ文句を囁くばかりの神々は、口だけではないか。
行動しなければ何も変わらないというのに。上の者を引きずり落とさねば、自身がその地位に立つことは出来ない。
神と呼ばれる者でさえ、こうも低俗なのか。欲に塗れ、下ばかり見るなど。感情に振り回され、暗がりで惨めに生きるなど。
この世の全ては、我の敵か。
人間も神も、醜い生き物だ。
全て壊してしまえ。
喰らってしまえ。いつしか、あの日輪さえも。
氷の、軋む音がした。


* * *


何処からか流れ込んできた温もりに包まれた。
手始めに喰らおうとした女。天の国にいた頃、久方ぶりに社に訪れた人間。彼女が参ったことで、元就は反乱を起こすほどの力を得た。
だが、特異な力を持つわけでもない、何処にでもいる平凡な娘。
その娘が再び社に祈りを捧げた瞬間、味わったことのない感覚がした。恐怖の念とは違う、温かな想いは、元就にかつてないほど力を漲らせた。同時に、安らぎを覚えた。
気の遠くなる時を生きてきて、まどろみさえ覚えるほど安堵するのは初めてのことだった。
何故、娘がこのような感情を捧げるのかは分からない。それでも元就は確信した。
負の感情ではない。この娘の想いは、己に一番力を与えると。
今はそれさえ分かれば充分だ。柄にもなく、まどろみに身を任せた。


* * *


狐が、ただの狐で無くなったのは何時からだろうか。人間を喰らった時か、はたまた黒い靄を放った時か、もしくは、生まれ墜ちた瞬間から、彼は狐ではなかったのかもしれない。



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元就過去編、ようやっと完成です。
書いてる内にボリュームがえらいこっちゃなったので、読まれるのも大変だったかと思います…そして途中から自分で書いてる文章が訳分からなくなってしまいまして、文体やら表現やらがおかしいところ、読みづらいところも多々あったかと思います。
それでも、ここまで読んでくださりありがとうございました。
これにて、あやかしあかし、完結です。
妄想逞しい管理人による俺得続編予告も公開しておりますので、それもよければご覧になってください。そして妄想をお楽しみください。
改めまして、更新を待っていてくださり、拙い文章を読んでくださり、ありがとうございました!
2013.8.30