あやかしあかし | ナノ
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夏休みに起こった怪事件。名前の住む地域の人々が、同時に気を失い、その前後の記憶を失った。その町を通り掛かった車に乗車していた人や、建物内にいた人も全員だ。原因は不明。毒ガス等も検出されず、捜査は全く進まなかった。
名前も勿論被害に遭い、ちょうどその時名前の下宿先を訪れていた久美子もまた、事件の当事者となっていた。
けれどそれも過去の話となり、新学期が始まった。
「おはよう久美子、容態はどう?」
「それはこっちの台詞。あたしはもうなんともないけど、名前は大丈夫なの?」
「うん」
いつも通りに微笑む名前に、久美子は溜め息を漏らす。
実際、名前は大した怪我もしていないし、何もなかったのだ。
何もなかった筈、だった。
けれど名前は、自分の中にある違和感を感じていた。
何かがぽっかりと抜け落ちてしまったような感覚。
大事なことを忘れている気がする。
しかし、どうにも思い出せない。
ふっと遠くを見詰める名前だが、久美子は気付かず、楽しそうにもうすぐ転校してくるという生徒のことを話していた。


* * *


最近、考え込むことが多くなった。何を、と言われても分からないのだが、ふとした瞬間に目の前で何かが弾けるのだ。それが何なのか分からず、頭の片隅で燻っている。
そんな不注意から、廊下で擦れ違った青年に名前の肩がぶつかってしまった。
「っと、sorry」
やたらと発音の良い英語に顔を上げる。鋭い視線とかちあった。
彼の噂はよく聞く。成績優秀、眉目秀麗、高いカリスマ性を持ちながら、あまり学校に来ない隣のクラスの不良…
「伊達、政宗くん」
名を呼ばれて、ピクリと眉を動かした政宗。しかしむっつりと口を真一文字に結んだまま、名前の顔をじろじろ見詰めてくる。
そんなに気に障ったのだろうかと困り始めたとき、やっと口を開いた。
「…気配が消えてやがる」
「え?」
それは独り言に近いもので、名前には意味が分からなかった。
「何でもねえよ。アンタ…苗字名前だろ?」
右目は眼帯で覆われているが、残った左目がギラリと光る。
「私のことを知ってるの?」
「Ah、ちょいと噂話を聞いただけだ」
いったい何を噂されたのか。やはり首を傾げるしかなかった。
「ま、欲張り過ぎんなよ」
軽く肩を叩かれ、そのまま青年は通り過ぎる。
欲張った覚えはないが、気付かないうちに強欲になっていたのだろうか。何か我が儘を言って、誰かを困らせたのだろうか。
名前は自分が学校で目立たない人間だと自覚していた。
そんな自分が隣のクラスの男子にまで認知されるとは、いったいどんな事をしてしまったのかと冷や汗をかく。
けれど、周囲の人間は名前を奇異な目で見ていなかった。むしろ、今しがた去った政宗の背を追っている人の方が圧倒的に多い。
噂とは、学校内のことではなかったのだろうか。それとも噂なんてなかったのか。
元々、自分の評判にあまり頓着しない名前は、まあいいかと歩き始めるのだった。
今日は久美子は用事があるらしく、昼食は一人だ。
中庭のベンチに腰を下ろし、弁当を広げる。
教室の窓から漏れてくる昼休みの騒がしい空気は、何処か遠くに感じる。ベンチの裏に伸びる樹木が風に吹かれてざわめく。
空を仰いだ。
幾重にも重なる葉の隙間から漏れる太陽の光が、名前の目を焼く。
夏に比べて弱くなったとはいえ、今だにその存在感は大きい。
太陽を見上げると、胸がざわつく。
何かを思い出しそうになる。喉まで出かかった言葉が、しかしつかえて出て来ない。
一心に上を向いていると気付かなかった。直ぐ側まで誰かが来ていたことに。
「太陽を直接見ると危のうござる」
芯の通った声。
首を戻すと、目の前で揺れる茶色の髪。そして、紅色の鉢巻き。
同じ高校の制服を纏ったその青年を、名前は知っている。
左手の赤いミサンガが、じわりと熱を持つ。
「ただいま戻りました、名前殿」
何度聞いただろう。彼の言う『ただいま』を。
跪く彼を見下ろし、名前は微笑んだ。
「おかえり、幸村」
そう返せば、幸村もまた笑みを浮かべる。そして、彼女の前に手を差し出した。
「探しに行きましょうぞ、そなたの無くしたものを」
「私の…?」
「左様。太陽のような大事なものにござる」
幸村の瞳を見詰める。邪心のない真っ直ぐな視線に、名前は頷いた。
「…うん」
そっと手を重ねる。
木漏れ日が、重なる手の平に落ちていた。






ーーー
これにて終了。
幸村オチに見えますが全然そんなことないつもりです。
2013.1.2