あやかしあかし | ナノ
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十八

穏やかな空気が流れ、かすかに緑の匂いがする。何処かで草花が芽吹いたのだろうか。その匂いを辿るように、幸村がふいと視線を巡らす。
そこへ、突然の閃光。
まばゆい光に包まれ何者かが現れる。筋骨隆々、威風堂々たる姿は、正しく…
「見事じゃ名前よ!!」
武田信玄その人だった。
「お館様ァ!!御容体は回復なされたのですか?!!」
「うむ。あれしきで倒れるワシではない!」
「さ、流石でございますお館様ァ!」
「幸村ァ!」
「お館様ぁぁ!!」
「ゆきむるぁ!!」
「おやかだざばぁああ!!!」
「ぃゆきむるぁぁああ!!!」
突然の信玄登場から叫び出す二人に呆気に取られた名前は、取り敢えず見守ることにした。
「…やれやれ」
いつの間にか、名前の隣に佐助が立っていた。纏う空気は和らいでいるが、今度こそ名前を逃がさないと睨みを利かせている。
苦笑いする名前の前を幸村が横切り、木に激突した。
「……」
幸村が飛んできた方向には、拳を突き出した信玄。体勢を戻して、名前に向き直る。
「妖狐の心を汲み取り、それを救い出す…その働きは正に見事!」
「信玄様…」
「じゃが」
信玄の顔から笑みが消え、厳しいものになる。
「それを成す為に起こった災を咎めぬ訳にはいかぬ」
名前が覚えているのは、風に包まれた久美子の姿。恐らくそれだけではないのだろう。ボロボロになった佐助や、割れた瓦、二槍を持った幸村を思い出し、そっと目を閉じる。
「私の、せい」
「全ては妖狐が成したこと。じゃが、そなたの選んだ選択が引き起こしたのも事実」
「…私は、どうなっても良いです。でも、元就は…ここは、壊さないで」
名前が危惧しているのは、元就の力を封じる為にこの社を壊してしまうこと。彼女の中の元就は眠ったように動かない。
「ふむ。そなたが妖狐に望むことを考えれば、その願いも当然か」
佐助は黙って信玄の言葉に耳を傾けている。全ては信玄の手に委ねられているのだ。
「お館様、某からもお願いいたします」
戻ってきた幸村が膝を付く。地面に拳を置き、信玄を仰ぎ見た。
「毛利殿の心は、某には計り知れませぬ。ですが…名前殿には毛利殿の心が見えたのならば、きっと名前殿の行動が毛利殿を変えて下さると思いまする」
頭を垂れる幸村を、信玄は黙って見下ろした。それから名前と視線を合わせると、名前は必死に見詰め返した。その目を見て考える信玄。風が時を運んでいく。
やがて信玄が視線を佐助にずらした。小さく頷く佐助は、名前に向き直る。
「名前ちゃん」
「え…」
一瞬で膨らんだ炎が佐助の手を包み、それが名前の胸を貫いた。
弾けるような音がして、名前の体が傾く。それを佐助が支えた。彼女の体に怪我はない。
「お館様っ」
幸村が立ち上がる。信玄の手の平の上には、小さな光の球が浮いていた。その中に、丸くなって目を閉じる九尾の狐の姿が見えた。
「この者には相応の処分が下るであろう。じゃが名前、そなたの意思はワシが確かに聞いたぞ」
気を失っているらしい名前を、幸村が佐助に代わって支える。固く閉ざされた目は、当分覚めることがないと物語っていた。
「そなたに与える処断…目覚めたとき、そなたは全てを忘れておるだろう」
バッと顔を上げ、幸村が信玄を見る。
「幸村、暫くワシと共に来い」
「しかし…」
「旦那」
佐助が肩を叩く。
「名前ちゃんはただの人間なんだ」
「……」
元就に体を奪われ、負担は相当なものだったはず。幸村との血の絆もある。体力が無い今、妖怪や神のような力を持つ者が傍にいるのは悪影響になってしまう。
今も名前は白い顔をしている。肩を抱いて、彼女がずっと小さな人だというのを、今更知った。
「…名前殿、帰ってきたばかりと言うのに、また姿を消す幸村をお許し下され」
腕の中の名前が目覚める気配はなかった。


* * *


意識が浮上して、名前は目を開けた。窓の外は赤く染まり、烏が鳴きながら飛んで行く。
「……」
何をしていたのだろう。どうして眠っていたのだろう。思い出せない。
「…綺麗な夕日」
晴れた空から沈む太陽が、全てを赤く染めていた。
きっと明日は晴れるだろう。そう思って微笑む名前も、赤く染まっていた。



2012.11.8