あやかしあかし | ナノ
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十七

「……」
眩しい。目を閉じても感じる強い光。
ゆっくりと瞼を持ち上げると、青空に輝く大きな存在。
太陽が見える。
「名前殿」
そこに、見知った顔が割り込んだ。
「幸村…」
幸村が名前の左手を取る。
互いのミサンガが触れ合うと、じわりと温かくなった。
「また、助けられちゃったね」
「それがこの幸村の役目でござる」
ありがとう、と囁いて、名前は息を吸い込む。
「お帰りなさい」
「…ただいま戻りました」
淡く微笑む幸村。
(嗚呼、やっぱり)
幸村の笑顔は、名前を安堵させた。
「名前ちゃん」
幸村に体を起こされると、全身に怪我を負った佐助が近付いてきた。
「佐助、酷い怪我!」
心配そうな名前の声に、肩を竦める。
「これくらいどうってことないって。…それより」
声を低くした佐助の表情が鋭くなった。
「俺様が言いたいこと、分かるよね?」
「……」
何も言えない名前の肩に、幸村が手を添える。
「取り返しのつかない事態にはならなかっただけマシだけど、名前ちゃんの我が儘でこんだけ被害が出たんだ。アンタは何にも分かっちゃいなかった」
厳しい口調に、名前は小さくなる。
「…ごめんなさい」
「俺様に謝られてもどうしようもないけどね。とにかく、これからもし同じような事になっても…」
「ごめんね佐助」
佐助の説教を遮って立ち上がった名前。
呆気に取られる彼に背を向け、走り出す。驚いた幸村が慌ててその後を追う。
「へ?…ちょっ名前ちゃん?!」
佐助の声も聞かず、名前は何かを探すように駆けていた。
「名前殿!いったい何をなさるつもりか?」
「元就が、出掛けてる時にしてたことを知りたいの!」
「毛利殿が…?」
名前の前から度々姿を消していた元就は、何か目的があったはずだ。
その時、何か見付けたらしく足を止めた名前。その視線を辿った幸村が、電柱の根元を見遣る。
「…これは」
そこには、赤い色で鳥居のような記号が描かれていた。顔を上げれば、少し先にも同じ記号が付いている。
それは一定の間隔を保って点々と描かれていた。それを見ていると、不思議と先へと進みたい気持ちになる。
「人を誘う術であろうか…」
首を傾げる幸村と名前は導かれるままに歩く。しかし目的地が分からないまま、ある場所で記号がぷつりと消えてしまった。元就は何処へ、何の為に誘おうとしていたのか。
ずっと考え込んでいた名前が、口を開く。
「――幸村、電車に乗ろう」


* * *


幾つか乗り換え、長い間電車に揺られ、やっと降りた先は、幸村にも見覚えのある場所だった。
「ここは…」
以前、名前と幸村が旅行に来た地。木造の建物が並び、変わらない懐かしいような雰囲気を纏う。幸村が見付けた甘味処はよく覚えている。
その先に名前は足を伸ばす。
狭い空間にひっそりと立つ、古ぼけた鳥居。その前に立って、小さく息を吐いた名前。
ひび割れた石段を登る彼女を見上げ、幸村は何かに思い当たったらしい。
「もしや…そうか、ここには」
登り切った先にある、寂れた境内。
壊れた賽銭箱の中には、何も入っていなかった。
「ここには毛利殿が奉られておるのだな」
ぽつりと呟いた言葉が耳に届き、名前が振り返る。
「元就は、人間を怖がらせて、恐怖を力の元にしようとしてたの」
人の生命力を喰らい妖力を高め、恐怖させて参らせ神力を高める。術を使えばこの社へ人を寄せることも出来る。
この神社が寂れる前も、そうやって力を蓄えてきたのだろう。
今までもこれからも、恐怖によって人を支配するつもりだったのだ。
「でもね…神様を想う気持ちは恐怖だけじゃない」
初めて此処を訪れたとき、名前が元就に捧げたのは感謝の念だった。
「元就は、ずっと寂しかっただけなんだよ。誰からも忘れられるなんて、凄く…寂しい」
口元は緩く弧を描いても、名前の目は青く染まっていた。
幸村は無言だった。
名前は社に向き直ると、賽銭を入れ、錆ついた鈴を鳴らす。二礼、二拍、一礼。
目を閉じて一心に祈る。
狐はまだ彼女中に居る。その息遣いが穏やかになったように感じた。
目を開けて、そっと語りかける。
「元就…いつか和菓子屋さんに行こう。今度は幸村と、三人で」
「…ようござるな」
そうして微笑む二人の瞳は、今は暖かい色を孕んでいた。



2012.10.11