あやかしあかし | ナノ
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十五

天が黒い雨雲に覆われ、太陽が姿を隠す。その時彼等は異変に漸く気付いた。
深緑の炎が空から降る。それは瞬間的に大きく燃え上がると、ひとの姿を成した。
「天界のお偉いさん方が全員まんまと術に嵌まっちまうとはね」
尻尾を揺らして片足で宙に立つのは佐助。厳しい目を下方に向ける。
割れた窓は名前の部屋。彼女の下宿先のアパートの屋根に、元就がいた。
かつてとは比べものにならない圧倒的な存在感。彼は術で作られた幻ではない。九の尾を揺らし佐助を見上げる。
途端、押し潰されるような圧力が掛かる。元就と佐助の間に数メートルの距離があるにも関わらず、溢れ出す元就の力に圧される。
「毛利元就、完全復活…か」
部屋の中に名前の姿はない。名前と同じ年頃の娘が一人、気を失って倒れているようだ。
「名前ちゃんを返してもらおうか」
「貴様のものでもあるまい。それに、この肉体は完全に我が掌握した。最早あの娘は何処にもおらぬ」
天界にいた時と変わらない冷ややかな眼。
思わず舌打ちを漏らす。
元就の発言が確かなのかは分からないが、どちらにせよ、この男の力を削がなければ何を仕出かすか分からない。
両の袖から滑り落ちる、大きな手裏剣。
「名前ちゃんが無事かどうかは、アンタをそこから追い出してみれば分かることだ」
「愚か者め。神の手により生み出された者が、神に抗うと申すか」
「悪いけど、俺の神様はアンタじゃないんで…ね!」
佐助が空を蹴った。風の如く降下し、元就目掛けて刃を落とす。それに応じようと片手を上げる元就。
が、佐助が消えた。
「!」
一瞬で背後を取った。
「正々堂々なんて期待しないでくれよ」
振りかぶった腕を、大きく凪いだ。
肉の切れる感触は、無かった。
右手に持った手裏剣が見事に砕けている。
妖術により生まれた氷が元就を覆い、盾となっていた。
「馬鹿め」
凍てつく眼が見下ろす。
太い尾が佐助の横面を殴った。
瓦を飛ばし、屋根を滑る佐助。
なんとか飛び起きるも、酷い面になっていた。
やはり自分の力では及ばないと佐助は痛感する。
だが、人を喰らったとはいえ、所詮名前はただの人間。元就の力が完全に回復するとは思えない。
こんなに力を使っていては、直ぐに燃料切れになるのではないか。
いや、何かが妙だ。これ程の騒ぎに誰も気付かないのか。
ちらりと名前の部屋を見る。倒れた少女は起きる気配がない。
その隣の部屋も、同様に人が倒れている。
向かいの家を覗いた。
リビングでテレビを点けたまま、ソファにうなだれる人がいる。
「…まさか」
ここら一帯の人を、喰らったのか。
元就は、人間の生きる力、精力を喰らうタイプの妖怪だ。
血を欲する幸村とは違い、気付かれることなく喰らうことが出来る。
畏れ奉られ神となった後は、畏怖の念を力の源としてきたが、今は無差別に喰らっている。
「所詮妖怪は妖怪か…」
佐助が蔑みの目を向けるが、元就は冷ややかだった。
「貴様には分かるまい。何にも成れぬがらくたが」
「がらくたねぇ…ならアンタは何に成ろうっての。今更己を誇示して、また恐怖を集めるつもり?」
「我が礎となるならば何であろうと構わぬ。我が欲するはただ一つ…」
拳を高く突き上げる。雲が割れ、まばゆい煌めきが降り注ぐ。
「天照よ」
「は…」
どんな神よりも高位にある、あの絶対的な存在を目指すというのか。
「馬っ鹿じゃないの」
心底呆れた、とばかりに言う佐助。その表情には疑心も含まれていた。
「貴様が理解する必要はない」
上げたままの手を強く握り締めると、再び雲が空を覆った。
「貴様はここで死ね」
元就が冷気に包まれる。
佐助に向けて伸ばした腕が白く透き通り、刹那、鋭い冷気が放たれた。
身構える佐助。
自覚はしていた。受けきれないと。
鈍い音。
金属が軋む音。
だが、佐助には、手に持った手裏剣にも、当たらなかった。
「貴様…」
元就の唸る声。
佐助の前に、人影。
「ぐ…ぬぅおらああああああ!!」
気合いの掛け声と共に槍を振るい、元就の攻撃を弾き返す。
しっかりと足を踏み締め、二槍を構えるその人。
「旦那ァ!!」
真田幸村、見参。



2012.9.18