あやかしあかし | ナノ
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十四

和菓子屋にいつ行こうかとうきうきしていた名前だが、それは中々叶いそうになかった。
彼女は今、布団に横たわっている。
元就のショートケーキデビューから数日後、再び熱が出て寝込んだ名前。回復しても直ぐにまた熱が出るのだ。徐々にその間隔が狭まっている気がする。
元就はといえば我関せずとばかりに(彼が原因なのだが)姿をくらますこともしばしばあり、今は室内にいるものの、名前を見下ろす視線はいつもと変わらぬ冷たいものだ。
起き上がるのもままならない状態で、彼を見上げる。
視線が交わった瞬間、僅かに元就のまぶたが動いた。
そして、

ピンポーン

間の抜けた音。元就の耳がピンと立つ。
それはアパートのチャイムの音で、次いで声が飛んできた。
「名前ーアンタ生きてるのー?!」
「久美子…?」
何故此処に。しかも急に。
元就を見上げると眉を寄せている。確かここには彼が術を施していた筈なのに。
「ちょっ何その死にそうな声?!鍵開いてるみたいだから入るよ!」
「え、ちょ…」
元就がいるのはまずい。けれど彼は動かない。
待って、という名前の声は届かず、扉は開かれた。
「大丈夫なの名前っ…て…え?」
部屋の中の、主に元就を見て案の定固まった久美子。取り敢えず尋ねることがある。
「久美子…どうしてここに?」
「…あ?あー…なんかポストにさ、犬の足跡みたいなのが描いてある紙が入っててさ、そういえば名前元気かなって思って、どうして今まで気にかけなかったんだろって、急に心配になって…アンタ犬飼ったって言ってたじゃん」
うろうろとさ迷っていた久美子の視線が、やがて元就に止まった。
「…犬じゃないよね」
「…うん」
混乱しかけている久美子に対し、元就は冷静に言い放つ。
「貴様は何ぞ」
「いやアンタこそ何」
「…えっと」
睨み合う二人の間に名前が割り込んだ。


* * *


「…つまり、そこの人は人じゃなくて、あれ?そこのえーっとまあ神様なんだって?」
一通り説明を受けた久美子は、眉間に深くシワを刻んで相当唸っていたが、なんとか声を搾り出した。
正座で対面する名前と久美子。窓際に立つ元就。
「信じられない、よね」
「いや、そりゃまあ。アンタがそんな嘘つくとは思えないけど、ちょっと順応出来てないっていうか」
「私は、神様はいるんだって何と無く信じてたから受け入れたのかなぁ」
「あー確かに信心深いよね名前は…や、そういう話なの?」
前髪をかき上げ、久美子は重い溜息を吐いた。
「その…毛利さん?」
彼女の呼びかけに一瞥するが、再び顔は窓の外を向く。
それは久美子の癪に触った。
「ちょっと、神様だか何だか知らないけど、その態度は何よ」
元就の耳がピクリと跳ねる。
「てかアンタ、名前の中に逃げてきたんでしょ?無理矢理だし横柄だし…いい迷惑じゃん!」
「何…だと?」
「久美子!」
「名前、アンタもなんですんなり受け入れんの!なんで自分が苦しいってのにヘラヘラしてんのよ!私はアンタが傷つくのは嫌だからね!」
止めようとした名前に逆に説教を食らわせた久美子は、元就を正面から睨み据えた。
「出て行きなさいこの弱虫!」
元就の表情が強張る。
「人間ごときが…我を弱虫と宣うか。無力な…脆弱な貴様ごときが我を語るな!!」
名前の中で、狐が吠えた。
刹那、窓を割って突風が吹き込む。部屋中の物を荒らすそれは容赦無く久美子を襲った。
「きゃあ!何?!」
「…ッ、久美子!」
風に阻まれ久美子の様子が見えない。まるで厚い壁のように空気がうねっている。
「元就止めて!久美子は私の…」
「知らぬわ」
元就の目が、これまで見たどれよりも凍てついている。
人間を見下し、嫌悪している。
違う。そんな目をしてほしいんじゃない。嫌って目を逸らさないでほしいのに。
「元就っ!」
「黙れ」
「元就、私は…」
「黙れと言っている!貴様の意見など聞かぬ!貴様など理解したくもないわ!」
「私はっ元就のこと、知りたいよ!」
「…ほざけ!我の事を理解出来るのは、この世に我だけでよい!」

ピキリ。

この音は。
足が動かない。足元は氷に覆われている。
暗い暗い空間で、ピキピキと氷が成長していく。
「元就」
目の前にいるのに、足が動かない。膝が、腿が、腰が、胸が覆われていく。
腕を伸ばす。届かない。
元就が、冷たい目が、逸らされ、背を向ける。
指が凍る。
顔が覆われる。
意識が、消える。



2012.9.14