あやかしあかし | ナノ
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小さなアパートの狭い一室。名前の目の前でレトルト食品を夢中で掻き込む青年。
「腹減った」の一言を漏らして全く動けなくなってしまった青年をあそこに放置するわけにもいかず、下宿先が学校の近所にあるのも相まって、なんとかここまで引きずって来たが、赤の他人を家に上げて挙げ句料理(レトルトだけど)まで振る舞うなんて普通なら有り得ないだろう。
この青年は何処か変わっている。整った顔立ち、異色を放つ服装(しかも初めて見た日と同じ)、レトルトを準備する間珍しそうに部屋の中や名前の手元を眺めたり(綺麗にしてないからあまり見ないでほしい)、皿と共に置いたプラスチックのスプーンをしげしげ眺めたり、レトルトを初めて見たと言わんばかりにガン見したり、用心深そうに鼻を近付けたり(ただのカレーなのに!)…
「忝ない、この御恩は必ずお返しいたそう!」
綺麗に平らげ満足そうにする彼の言葉遣いも風変わりだ。失礼とは思いつつじっと見詰めると、照れたように顔を逸らされた。
ここまで来ると、名前の中にはある一つの仮定が誕生した。
「その、真田さん…失礼ですがお住まいは」
青年は大袈裟に肩を跳ね上がらせ、眉を寄せる。
「そ、それは…」
住所は教えられない。
「…真田さんは毎日校門に立っていましたが、お家には帰らなかったんですか?」
「……」
帰れない。
「もしくはカプセルホテルとかマンガ喫茶とかに泊まらなかったんですか?」
「…?」
こてんと首を傾げる。知らない。
「真田さん、学校は…」
「……」
通っていない。
「これ、レトルト食品ですけど、食べたことは?」
「れとると…初めて食しましたがとても美味でござった!苗字殿はたいそう料理が上手でおられる」
名前は苦笑いを浮かべた。レトルトを知らない。
結論、彼は何処かの大富豪の息子で家の中で蝶よ花よと大切に大切に育てられていたがある日外の世界に恋い焦がれ勢いのままに飛び出したものの想像以上に厳しい世の中に驚き絶望し打ちひしがれていたところに脳天気そうな名前を見つけつこいつならいけるんじゃね?とナンパみたいな声の掛け方をしてみた。もしくはお屋敷の前を偶然名前が通り掛かったのをこれまた偶然見かけて外の世界にはあんな阿呆面引っ提げた女もいるのかと執事とかに調べ上げさせ同情を誘うような行動を取って心の中で嘲笑うつもりか。
いや細かいところは置いといて、つまりこの青年は世間のことを何も知らない篭の鳥…いいところのボンボンに違いない。服装が変わっているのも、レトルト食品を食べたことがないのも、口調が武士なのも、そんな理由で片付けられる、気がする。そして帰れない事情があって何と無く見たことがある私に助けを求めてきたと。
「…苗字殿」
タイミング良く青年が名を呼んだ。座布団の上できっちりと正座をし、ぴしっと背筋を伸ばし、真っ直ぐ見詰めてくる。
確かさっきもこんな表情をしていた。
「何でしょう」
何と無く言われることが予想されるのでこちらも覚悟を決めておく。静かに息を吐き、彼は動いた。全く無駄のない動きで、その頭を床に押し付けた。
「えっ」
「無理を言っているとは自覚しておる…だが、どうかお願いでござる!某を此処に置いて下され!」
「え、えぇ〜っと…」
「年若い娘の元に野郎が住み込むなど破廉恥千万であるとは百も承知!しかし、しかし某はこれ以外の方法を知らぬのだ!せめてもの罪滅ぼしの術を…」
「罪滅ぼし…?」
青年は顔を苦悩に歪める。
「詳しくお話しすることは今はまだ出来ませぬ…しかし某が貴殿に過ちを犯してしまったことは拭いようのない事実」
「あやまちて」
言い方が卑猥である。
「そう言われましても、私には思い当たるものが何もなくって」
そもそも知り合うのも今日が初めてなのだ。彼が何のことを言っているのか皆目見当がつかない。
それを聞いた青年の目が悲しそうに潤んだ。言葉に詰まる名前。
(この表情…有無を言わせぬ破壊力がある!)
一人戦慄する名前に、青年がそろりと近付くと包帯の巻かれた左腕を壊れ物を扱うように両手で支えた。
「ならばせめて…せめてこの傷が癒えるまでは傍に置いて下さらぬか」
そういえば、この傷を作った犬は彼が飼っているようなものだと言っていたのを思い出した。
(それで申し訳なく思って家出?挙げ句放浪の身となってまで私を探し出して…もし私に追い出されたら…)
名前の頭の中で、「見付けましたぞお坊ちゃん!さあ帰りますぞ!」「なんと家出の理由は、ベスが人様を傷付けたためと?」「いけない犬め!お前なぞ処分してくれる!」「止めるのだじいや!ベス!ベスー!!」「キャオーン!」というビジョンが形成された。因みにベスはあの犬の名前。
これは駄目だ。名前の顔面が白くなる。
「苗字殿…?」
青年が不安げに窺う。
このまま追い出してはベスの命が危うい。ベスを救うにはとにかく彼の罪を償わせることが必要だ。この青年が罪滅ぼし出来たと満足して屋敷に帰れば執事のじいやもベスを咎めないかもしれない。そうと決まれば話は早い。
「いいですよ」
「!ま、真か?」
「はい、真田さんがそれで満足するのなら…この傷が治るまで、でしたね?こんな狭くて薄汚い部屋で申し訳ないですけど…」
「そのようなことござらぬ!苗字殿…忝のうござる!」
再び頭を下げる幸村に、優しく微笑んでみせた。
全てはわんこのため。この箱入り青年との奇妙な共同生活が始まる。



2012.1.13