あやかしあかし | ナノ
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十二

鈍い動きを繰り返す脳では、今の状況を理解出来ない。
相変わらず能面のような表情。尻尾がぱたりと揺れると、小さな風が生まれた。
記憶の中にある元就の姿と、一寸違わぬ人物が眼前にいる。
だが元就は自分の中にいるのではなかったか。現に今も、その感覚は消えていない。
名前は困惑して彼を見上げた。
「も、元就?」
名を呼ぶと、その切れ長の目が見開かれ、名前の額から手が離れた。ふいとそらした横顔、瞳が揺らいでいる。薄く開いた唇から何か聞こえたが、それは無意識なもののようで聞き取ることは出来なかった。
「…どうして元就がいるの?」
体を起こし、そろりと見上げる。
僅かな変化ではあったが、普段があまりにも冷静な彼の、これほどうろたえる姿を見るのは初めてだ。
けれど元就は自身を落ち着けるのも素早い。目を伏せ、小さく息を吐くといつもの様子に戻った。
「貴様の氣を喰ろうた故よ」
聞き慣れない言葉に首を捻る。
「我が力も、幻姿を作るまでに回復した。さすれば我の打つ手も増えよう」
雰囲気から察するに、氣とは生命力のようなものだろうか。幻ではあるが、実際に触れることの出来る姿を生み出す事で、元就の出来る行動が増えるのだろう。
そう考えたところで、名前の中で疑問が生まれる。
そんなことをして、佐助が気付かないはずがない。元就が彼に捩伏せられていたのを忘れてはいない。
それとも、もう十分に対抗出来るほど力が回復したのだろうか。
元就が徐に手を持ち上げた。細く長い人差し指を部屋の角に向け何事か呟くと、その先端から淡い光が飛び出した。天井にぶつかったそれは小さく飛散すると、文字のような記号を形作った。それを残りの角にも施した途端、部屋の空気が変わった。
少し息苦しいような、狭い部屋が更に狭苦しく感じる。
「これで、外から我が存在に気付かれることはない」
これも術の一種だった。名前の中に篭っていた時には見せなかったものだ。
成る程これなら佐助にも気付かれはしない。
体を得た元就がこれから何をするつもりかは分からない。けれど、名前には彼に望むことがあった。
「元就」
呼ばれた方へ顔を向けた彼が目にしたのは、男物の帽子を手にした名前の姿。
「…なんのつもりぞ」
「せっかくだし、外に出ようよ」
にっこりと笑みを浮かべる名前。反対に元就は曇り顔になる。
「外へ出たところで、助けを求めることなど出来ると思うな」
「そんなつもりじゃないよ。元就は、体があっても私からは離れられないんでしょ?」
完全に自由に行動できるなら、此処にいる必要はない筈だ。名前の中に宿る本体から遠ざかることは出来ないのだ。
「散策に利用してもいいから、少し付き合ってほしいな」
「……」
元就の眉を寄せる表情は良く見る気がした。
やがて彼は溜息をついて、小さく了承の返事をした。こんな言葉を零して。
「貴様の考えは、理解出来ぬ」
それはお互い様だろう、という言葉は心の中に留めておいて、名前はいそいそと準備をするのだった。
元就が今着ている衣は現代っ子が着るようなものではないし、耳や尻尾も当然飛び出ているので、それを隠してもらう必要がある。
家にある男物の服は全て幸村に買ったもの。一瞬手を止め、それを見詰める。けれど何も言わず、元就が着れそうな衣服を集め始めた。



2012.8.19