あやかしあかし | ナノ
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十一

「真田の旦那が出ていった?!」
素っ頓狂な声を上げたのは佐助だった。
「う、うん。修行するって」
身を乗り出して問いただす佐助の勢いに、若干引き気味で名前が答えると、佐助は盛大に溜め息をついた。
「ったくもー…また仕事が増えたよ」
「幸村を探すの?」
「勿論。今のお館様は旦那を探せる力がないから、俺様が飛び回るしかないかぁー」
疲れた顔をしていた佐助は、大袈裟に肩を竦めたあと、真面目な顔で名前に向き直る。
「いい?名前ちゃん、あんたと旦那は切っても切れない縁で繋がってんだから、旦那に何かあったら名前ちゃんにも影響があるんだよ。だからお互い見張り合っとかなきゃ何が起こるか分からないぜ」
「でも、幸村なら大丈夫だと思うよ」
「確かに旦那は強いけど、問題は名前ちゃん。正確に言えば名前ちゃんに取り付いてるそのひと」
佐助が指を差したのは、名前の中心。中で僅かに疼いた気がした。
「…最近ね、何だか静かなの」
目立った動きはないし、あの夢も見なくなった。ほんの時々その存在を感じるくらいだ。
「だからって油断出来ないね。なんせあの毛利だ、いつ何をするか分かったもんじゃない」
「そう…」
「でも…妙だな」
口元を指で隠して、佐助が難しい顔をする。
「名前ちゃんは特別な力を持ってるわけでもない、言うならただの人間だ。なのに毛利の旦那はあんたを選んで、あんたを喰らおうとしてる」
それも直ぐにでも喰らうことが出来る状態だと言うのに、何を躊躇しているのか、今だに名前は無事でいる。
「こうなる前に毛利の旦那と面識があった?」
名前は首を横に振った。
予想通りの反応だったが、佐助は益々眉を潜めて考える。だが結局何も浮かばなかった。
「…ま、考えたところで仕方ないか。ラッキーってことにしとくぜ」
その後佐助は名前にいくつか忠告を残して、忙しなく去っていった。
大変そうだな、と他人事のように思う名前は、少し虚ろな目をしていた。


* * *


それから少し時が経ち、名前は再び酷い熱に浮されていた。
布団に横たわるが、体調は一向に良くならない。額に張った冷却シートも直ぐに温くなってしまう。
名前は部屋を見渡し、熱い息を吐きながら、ぼんやりとする頭で思った。
(幸村がいない)
以前熱を出した時、幸村が甲斐甲斐しく世話をしてくれた。そのお陰か、体調が直ぐに回復したものだった。
今はそれよりも前、一人暮らしの状態。
あの頃はこんな風に病気になることは無かったけれど、今は、とても寂しく思えた。
熱で弱っているからだろうか。それとも…


* * *


ぴしゃり。水の跳ねる音。
久しぶりのこの感覚。ここがあの場所なのか、熱に浮された頭ではよく分からない。
ぴしゃり、ぴしゃり。
ただ足を進める。
暗闇が怖いと感じたのは何時ぶりか。やはり心が弱っているのだろうか。
でもきっとここがあの場所なら、彼がいるだろう。こうして歩いていれば、きっと出会える。
嗚呼、何をしているのだろう。探したって、見付けたって、結局は無くしてしまうのに。
あの炎のように。
私は結局…


朦朧とする意識の中で、足に冷たいものが触れたのを感じた。
名前が下を向くと、分厚い氷が水面を覆っている。
そのまま、ぐらりと視界が歪んだ。
刹那の間、黄金色の尾が見えた。


* * *


いつの間にか眠っていたらしい。
ひやりとしたものが額に触れ、名前は目を覚ました。
(なに、してたんだっけ)
頭が働かないまま、ぼんやりと眺める。
この景色は、自宅の布団の上から見たもの。
けれどそこに、見慣れないものがあった。
「え…」
いや、見慣れていない訳ではない。しかしそれは、この場にいるはずのない者だった。
「元就…?」
切れ長の目が、名前を見下ろす。長い睫毛が白い頬に影を落とす。
その手が、冷たい手が、名前の額を撫でた。



2012.6.20