あやかしあかし | ナノ
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ぴしゃり、水しぶきが跳ねる。名前はいつの間にか暗闇の中にいた。歩く度に踊る雫が、やがて氷の上に降り立つ。
少しずつ広がるそれは、少し分厚くなったように思える。しかし足を掛け、体重を移せば直ぐに割れてしまった。
振り返った元就は、名前から目を逸らさず、一歩進む度に氷を割っている様子を見詰めていた。
やがて二人の距離が近くなったところで、彼は口を開く。
「貴様は自己犠牲が美しいとでも思っておるのか」
元就から話し掛けられた事と、いきなりの問いに瞬きを繰り返す名前。
「気付いておらぬのか?貴様の病の原因は、我にあると」
それを聞いて、納得したように頭を振る。
「そんなんじゃないよ。ただ、君の力になりたいだけ」
「我が貴様を喰らうと知ってそう申すのか」
変わらぬ笑みを浮かべる名前。
元就はぐっと眉間にしわを寄せて「理解出来ぬ」と吐き捨てた。
「貴様がどれ程己を捨てようと構わぬが…あの犬も愚鈍な主を持ったものだな」
「幸村は、」
結局最後には、自分とは無関係になる。
そう思っていたから、敢えて言い返さなかった。
元就の氷が、名前の足を痛い程冷やした。


* * *


夜が明ければ、名前の熱もすっかり下がった。が、相変わらず気怠さが抜けない。
外の空気でも吸いに行こうかと、幸村に声を掛ける。
「ね、幸村。またあのカフェに行かない?」
以前幸村とスイーツを食べた店。気分転換の散歩がてら、そこに立ち寄ろうと提案する。
「しかしそなたは病み上がり故、あまり無茶をなされるな」
幸村は過保護なまでに心配する。その様子は正に忠犬。そこまでされては下手に行動出来ない。
佐助といい久美子といい、どうも名前の周囲は心配性が多いようだ。それとも、自分が心配かけるような事ばかりしているからだろうか。そう思い、自分の行動を省みてみるが、向こう見ずな事をした覚えはなかった。
「大丈夫、もう熱はないし。…それとも幸村は行きたくないのかな」
「い、いえ!あの店のパフェはそれはもう美味いものであった!何度でも行きとうござる!!…はっ!」
熱く語ってから、急に勢いの鎮火した幸村は、つい言ってしまったと恥ずかしがる。
幸村の素直な言葉に笑って頷いて、玄関に向かう名前。そうすれば、幸村も着いて行くしかなかった。


* * *


外に出れば夏の日差しが二人を照らす。幸村が目を細めて太陽を仰ぎ見た。
「良い天気にござる。こうして外に出るのも良かったやもしれませぬな」
「うん。じゃあ、公園に寄ってからカフェに行こうか」
「ようござるな」
名前はもう気怠さなんて気にしていなかった。上機嫌に足を運び、あっという間に公園に辿り着く。
広い敷地は芝生に覆われており、緩やかな坂をゆっくりと下る。
気温は高いが、風は涼しい。
「良き風にござる」
幸村が目を閉じて風を身に受ける。夏の日差しは容赦なく照らしているのに、幸村は汗一つかいていない。暑さに強いのだろうか。
何気なく、空を見上げた。
雲一つない青空に、眩しい太陽。その絶対的な存在に、言いようのない感動に襲われる。
あの日輪は、何にも勝る存在だろう。それに比べれば、自分達なんて小さな存在だ。
太陽は、誰にも掴めない。
その時、体内に違和感を覚えた。胸が苦しい。体の内側から焼け付くような痛みが起こる。
「…っ」
「名前殿!」
何事か察知した幸村が、バランスを崩した名前の体を支える。
心臓がどくどくと脈打ち、血の巡りが速くなるのを彼も感じ取った。
体が熱い。焼けるように。
狂っている。体の内で、狐が怒りに身を任せ暴れている。
全身の筋肉が緊張し、ビキビキとひび割れるようだ。
「どうして…怒っているの?」
息も絶え絶えな名前の吐いた言葉は、幸村に対するものではない。
「毛利殿が…」
きり、と唇を噛み締める。
また何も出来ないのか。こんなにも苦しんでいるのに。
名前の血が、熱に犯されているのに。血が。
血。
幸村は目を開いた。
名前の左腕を持ち上げて、その手首と自分のものを重ね合わせる。お互いの腕に付いた赤いミサンガが触れ合った。
目を閉じ、集中する。
名前が、薄く目を開けた。
手首から、熱い何かが流れ込んでくる。それは、元就のように焼けるような痛みはなく、むしろ狐の怒りを抑えていく。
「……」
一心不乱な彼の顔を、ぼんやり見詰める。
やがて狐が身を潜めたとき、同時にミサンガが離れた。
「名前殿」
気遣う幸村。
「…ぁ、りがと」
上手く喋れなかった。体は思ったより疲弊しているようだ。
「…帰りましょう。某がお運びいたす故、そなたは眠って下され」
「…うん」
ありがとう、ごめんね。
言いたいことはあったけれど、名前の意識は闇へと消えた。



2012.3.14