あやかしあかし | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -




元就をその身に宿してから、名前は毎晩夢を見るようになった。
それはいつも同じ、真っ暗闇の空間で、膝下に透明な水が張っている。暫く歩けばその水が薄く凍り始め、その氷の中心に元就が立っているのだ。
元就は決まって名前を一目見ると、直ぐに目を逸らしてしまう。名前が話し掛ければ気まぐれのように言葉を返し、そして何処かへ去ってしまう。元就が消えれば、名前も目覚めるのだった。
元就は確かに自身の中に居る。
けれど、何事もないまま一週間が過ぎようとしていた。
「やっほー名前ちゃん」
買い出しから戻った名前が玄関のドアを開ければ、佐助が片手を上げて迎えた。
「佐助」
「来ておったのか!」
人の姿に変化した幸村が声を掛けるとそれに応えるが、直ぐに名前へ目を向ける。
「名前ちゃん、何か変わったことはない?」
「うん…あれから何にもないの」
夢のことは話すまでもないだろう。そう判断した。
佐助は口元に手を沿え思案顔になり、小さく唸る。
「なんせ毛利の旦那のことだ…いつ不意をつくか分からない。くれぐれも用心してくれよ?」
「…うん」
佐助の重なる忠告に、困ったように笑う。それから、小さく溜息をついて座椅子に腰を下ろした。
「…名前殿、何やらお疲れの様子でござるな」
幸村が気遣って、名前の代わりに買ってきた荷物を仕舞う。
「そうかな…?」
名前自身は無自覚なようで、小首を傾げる。そんな様子を見て、佐助は目を細めた。
「名前ちゃんは、ちょっと…いや、かなり変わった子だよねー」
皮肉なのか冗談なのか、分からない口調。
「よく言われるよ」
名前は、笑うだけだった。
「ちょっと体が怠いかな…風邪でも引いたかなぁ」
「それは大事にござる。あまり無理をなされるな」
幸村も大袈裟な程名前の身を案じるので、彼女はまた苦笑するのだった。
名前は生れつき丈夫な体なので、病気にかかったことは殆どない。
きっと今回も、軽い症状で済むだろう。
そう思った。


* * *


それがまさか、ここまで酷くなろうとは。
布団の中で苦しそうに息を吐く名前の額に、幸村が絞ったタオルを乗せる。
「喉は渇いておりませぬか」
「うん…大丈夫だよ」
力無く笑う名前。幸村は眉を下げたまま。
戸惑うように、辛そうな名前の赤くなった頬に、濡れた手を沿えた。熱くなったそこに冷たい手が触れると、名前は気持ち良さそうに目を閉じる。
そのほっとした表情に、頬を緩める幸村。だが、直ぐに戻してしまった。
「…某は、悔しゅうござる」
「…?」
名前が幸村の方へ顔を向けると、額のタオルがずり落ちた。
「名前殿がこんなにも苦しんでいるというのに、何も出来ぬなど…」
「幸村…」
その気持ちだけで十分だよ。
そう言っても、きっと彼は抱え込むだろう。
「笑って」
今度は、名前が幸村の頬を撫でる。
「君の笑顔は、すごく安心出来るから」
「…左様でござるか」
幸村はくしゃりと笑った。
微笑み合う二人は、まるで家族のよう。


* * *


その様子を、元就は一人見ていた。
絶対零度の視線で。
「…そのような安い絆、信ずるものか」
彼の周囲に張った氷が、徐々に広がっていく。
(まだ…耐えよ)
この娘を、喰らい尽くすまで。



2012.3.12