あやかしあかし | ナノ
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「それがあの時の…」
狐の嫁入りの空、一瞬の光。
「お館様は毛利の力で動けなくなった。お陰で天界は今目茶苦茶だよ。はあぁ、あっちこっち使わされる俺様の身にもなってよねー」
ふざけているのか本音なのか、重い息をつく佐助。
「分かったら名前ちゃん、毛利の旦那を捕まえさせてくんない?」
「…捕まえて、どうするの?」
「…恐らく謹慎処分。あと、もう二度と力を蓄えないように、毛利の旦那が奉られてる社を封じさせてもらう」
淡々と紡がれた言葉に、名前の表情が曇る。
「それじゃあ、ずっと一人ぼっちになっちゃう」
「同情するの?自分を襲った妖に。毛利の旦那は同情なんて望まないだろうけどね」
佐助の声は冷たい。
名前は再び首を振った。
「同情のつもりはないけど…とっても悲しいと思うの、このままじゃ嫌」
「名前殿…」
幸村は、名前が人の悲しみや苦しみに良く影響を受けるのを知っている。今も氷の面で分かりにくい元就の感情を何か読み取ったのかも知れない。
少し寂しげに目を細めて、少女を瞳に映す。
佐助は名前の言い分はあまり聞いてくれなかった。頑なな彼女に痺れを切らした佐助の口調が遠慮しないものになり始める。
「我が儘言わないでよー。名前ちゃん、アンタはただの人間なんだ。もしも毛利の旦那に喰われて、そいつの力が復活したら困るんだよ。それに真田の旦那も不安で眠れなくなるんじゃない?」
幸村のことを言われ、息を飲んで目を見開いた名前。顔をくしゃりと歪めて彼を見上げる。だが幸村は遠くを見るように顔を上げたままで、目が合うことはなかった。
「…某は、最早止めませぬ」
「旦那?!」
「えっ…」
佐助がぎょっとした声を上げ、名前は今度は驚きで目を丸くする。
「某は、名前殿の優しき心によって救われた。そなたが頑ななのも、思うところがあってのことなのであろう。某のように苦難より救われる者がいるならば、見届けとうござる」
そっと顔を向けた幸村は、優しい表情をしていた。それを見て、名前の顔も緩む。
すると、まだ不服そうではあるものの、佐助が少し引いてくれた。
「…旦那がそこまで言うなら、ちょっと待ってくれよ」
手を頭に翳し、耳をぱたりと動かす。尻尾がゆらゆら揺れる様を見て、名前は溜め息をついた。
(尻尾…可愛いなぁ)
「…お館様も承諾してくれた」
暫く眺めていると、不意に動きが止まった。
どうやら佐助は天界の信玄とやり取りをしていたらしく、その間は耳や尻尾が頻繁に動くようだ。
止まってしまったのは残念だが、名前の願いが聞き入れられたのは嬉しい。ホッと胸を撫で下ろす彼女に、佐助が言葉を加える。
「ただし、これからは俺様が頻繁に様子を見に来るからね。もしものことがあっちゃ困るし」
それに頷いた名前の隣で、幸村は隠れて拳を握り締めた。
弱っていたはずの元就を前に、手も足も出なかった己の不甲斐なさを感じていた。
名前を守ると誓っておきながら、その身を危険に曝すことになろうとは。だが、幸村は名前のやろうとしていることを見守るだけだ。幸い幸村と名前の血の契約によって、名前の体は簡単に奪われないようになっている。幸村は、その絆と名前を信じることにした。
(某はまだ未熟者。だが必ず力をつけ、今度こそ名前殿を守りたい)
心の内で固く誓う。
佐助は口を酸っぱくして、くれぐれも軽はずみな行動はするなと名前に言い聞かせ、それをきちんと聞き入れたのかどうなのか、名前はひたすら健気に頷いた。
まだ不満げな表情をしていたが、結局佐助は一度天界へと帰っていった。
「幸村」
申し訳なさそうな顔で見上げる名前。
「ごめんね」
「…いえ」
幸村は、苦笑いで首を振るだけだった。
斯くして、奇妙な三人の共同生活が始まった。



2012.3.1