あやかしあかし | ナノ
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名前は再び闇の中にいた。
意識を手放すと、必ずここへ来るようだ。ここがどこなのかは良く分からない。けれど、ぼんやりと理解し始めていた。
ピシリ。
それは氷が割れる音だった。
その方へ目をやると、珍しいことに元就の方からこちらへ向かってきていた。
「貴様」
まだ冷めない怒りを表情に表し、低い声で続ける。
「日輪を何よりも勝ると申すか」
この怒りはどこから来ているのだろうか。嫉妬か、プライドか、それとももっと別のところか。
「元就は、日輪が好きなの?」
光の術を使うのも、その影響なのか。
しかし元就は、更に眉間のしわを深くする。
「我が日輪を…?有り得ぬわ!我は天照等に屈服せぬ。あれよりも、更なる高みへ昇ってみせる!」
美しい顔立ちの者が怒ると怖いというが、全くその通りだと思った。
名前はようやく合点がいった。
元就は、自身が太陽に敵わないとは思いたくないのだ。今は力が届かないと認めているけれど、必ず越える時が来ると思っていたい。それを名前は、全て否定してしまった。
元就は、天界に住まう神の一人。現世に生きる人間よりも太陽に近い存在。だからきっと名前が想像出来るもの以上に、太陽に、日輪に、特別な想いがあるのだろう。
憧れ、嫉妬、妬み。
そして怒り。
それらを纏う今の元就は、いつもの冷静な姿とはがらりと変わって、むしろ獣に近いようだった。
しかし名前の視線から己の姿を読み取った元就は、一瞬にして冷静さを取り戻す。
「…フン。所詮貴様もただの人間。我の事など理解出来る筈もない」
元就の瞳は、この暗闇と良く似ていた。
このひとは何処まで行くのだろう。いったい何を望んでいるのだろう。
名前には計り知れないこと、なのかも知れない。
けれど彼女は、元就というひとを、少し知れたと思っていた。
(このひとは、きっと)


* * *


浮き上がるような感覚。自然と開いた目は、太陽ではなく人工的な光を受け取る。
背中の柔らかい感覚と、見慣れた壁紙から、ここが自分の部屋の布団の上だということに気付いた。
直後、コップを片手に持った幸村がやって来た。
「目覚められたか!」
名前の目が幸村を捕らえたのに気付くと直ぐに飛んで来て、起き上がろうとする彼女の背中を支えてやる。
「私…そうか、散歩の途中で」
あの公園から、幸村が背負って帰って来たのだろう。カフェにも行けず、申し訳なさそうに謝る名前に、幸村は首を振る。
「むしろ謝らねばならぬのは幸村にござる。某に出来ることの、なんと少ないことか…」
固く握られた拳。その手首に付いた赤いミサンガに、名前の左手が触れる。
あの時、ここから流れて来た熱いものは何だったのだろう。幸村は何をしたのか。
「…某の血と名前殿の血は契約により繋がっておる。普段はそなたの血が某を潤してくれているのだが、先程は逆に某の血をそなたに注いだのだ」
幸村の妖力の混じる血が、元就を抑えることが出来たのだという。
幸村は、浮かない表情で続けて語る。
「だがこれは良策ではござらぬ。妖の力は、人間にとっては毒となる。次このようなことをすれば、そなたにとって苦痛となるやもしれぬ」
幸村は躊躇うように口を閉じる。苦渋の表情で、床を睨んでいる。
名前は知っていた。幸村が、名前の為に悩み、悔やんでいることを。けれど彼女は、幸村が言わんとしていることに頷けないのだ。
「――名前殿」
悔しげな顔が、彼女を見る。
「やはり今一度考え直して下さらぬか」
きっと、幸村も知っているのだ。名前が何と返すかを。
「ごめんね」
名前の頑なな心が、静かに響いた。






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妖狐より目立つ狛犬。
2012.4.1