あやかしあかし | ナノ
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「…毛利元就」
言った瞬間、名前の周囲に旋風が巻き起こる。それは壁となり幸村を引き離した。
「名前殿?!まさか名を…!」
風と共にまばゆい光が名前から放たれる。光で輪郭が朧げになり、形を変えていく。徐々に光が弱まると、そこに立っていたのは一人の男だった。
「全く無知な娘よ…力を持つ者にとってその名を呼ばれることの意味も知らぬとは」
耳をパタリと動かして、周囲を確かめる。そして幸村に目を向けた。
「やはり…あれが貴殿の名か」
「我が名は毛利元就…今度こそ貴様を葬ってくれるわ」
凍てつく眼差しが幸村を射貫く。だが、引き下がりはしなかった。二槍を手に宿し、構える。緊迫した空気が立ち込める。
刹那、二人の間に風が生じた。
「!!」
「そこまでだ!」
飛びのいた幸村に背を向けそこに立ったのは、佐助。
「佐助?!」
「…武田の狐か」
元就が憎々しげに吐いた。佐助も鋭い目を向ける。どうやら互いに何かの関係があるようだ。
「悪いけど、その子の体から出てってもらうぜ」
「馬鹿が。我が大人しくそうすると思うか?」
「毛利の旦那、あんたも分かってるだろ?今のあんたじゃうちの大将に勝てないってね」
元就の眉がぴくりと跳ねる。だが、何も言い返さなかった。
状況が掴めない幸村は、名前の体を案じながらも、ただ見守るしかない。
「この体は渡さぬ…我はまだ、敗北などしておらぬ!貴様等のような馴れ合いを良しとする者共に、我が知略は劣っておらぬ!」
「…哀れだね、毛利元就。結局あんたは何も手にすることが出来ないんだ」
声を荒げる元就とは対称に、佐助はその瞳に憐憫の意を込めていた。
「くっ…そのような目で我を見るな!!造られた存在の貴様ごときが…ぐあっ?!」
振り上げられた佐助の手から、炎が生まれる。それは元就目掛けて一斉に降り注いだ。
元就の端正な顔が一瞬苦悶に歪み、直ぐに消える。耳が、尻尾が消え、体が名前の物へ戻った。
「っ…」
名前の意識はあるようで、自身を取り囲む炎に怯んでいる。
「佐助!あれでは名前殿が危険なのではないのか?!」
「心配ない、こいつはお館様の力さ。毛利の旦那を引きはがす為の…な!」
腕を振り下ろすと、更に炎が増す。
「きゃ…」
名前は感じていた。己の中で自分ではない何かがのたうちまわっているのを。苦しんでいる。叫んでいる。獣が、狐が悶えている。
胸が、締め付けられる。


* * *


暗闇の中、再び名前は歩いていた。膝下で跳ねる水を蹴って、ひたすら前進する。やがて足が硬く冷たいものに触れた。見下ろせば、それは氷だった。水面が凍り付いただけの薄い氷。それを割って進むと、氷の中心に人が見えた。
「…また貴様か」
「君は確か…元就?」
確かめるように名を呼ぶと、元就はちらと視線を寄越した。が、興味ないとばかりに直ぐに反らしてしまう。
「貴様は学ぶことをせぬのか?その名を呼んだが故、我にこの身体を支配されたというのに…」
「そう…だったかな」
あまり覚えていないのか、はっきりしない返答に、元就の表情が変わる。
「貴様は馬鹿か?何故己の身に起きた事さえ把握出来ぬのだ」
「…だって私は」
何か言いかけて、しかし口を閉ざす。
「…我の思い違いであったか。これ程の愚鈍とはな」
その態度に更に苛立ちを覚えた元就は、これ以上相手するつもりが無くなったらしく、名前に対して背を向けてしまった。
「元就」
その背に呼び掛ける。
「私でいいなら、貸してあげるよ」
「愚図の体など要らぬ。せいぜい我の糧となるがよい…だが、今は忍ぶ時…暫くの間、泳がせてやろう」
そう言い終えた瞬間、はっと目を見開き、元就は膝をついた。
「…く」
忌ま忌ましげに揺らぐ水面を睨みつける。その表情は、獣のように歪んでいる。
「……」
名前は、伸ばしかけた手を戻して、ただ目を伏せた。
元就の周囲には、再び氷が張っていた。



2012.2.22