あやかしあかし | ナノ
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暗い、暗い場所で、名前は目を開ける。気を失っていた間、体は水の上に浮いていたようだ。冷たくも熱くもない水。そっと体を起こすと、その水は膝下で揺れた。
ここが何処かは分からない。が、不思議と心は落ち着いていた。何かに惹かれるようにゆっくりと歩き出す。
足元から水の弾ける音が響くが、それ以外は全くの無音の世界だった。
やがて、前方に何かが見えた。それは人間のような形をしていた。が、人間ではないようだ。
細いシルエットの頭から生えた大きな耳。腰の下からはふさふさの尻尾。それらを除けば人間の姿に違いないが、その二つが明らかに否定していた。
名前が近付くと、彼はゆるりと顔を向ける。美しい顔立ちは氷のように冷たい表情で、名前を見止めた途端眉を寄せた。切れ長の目が更に細まり、名前を睨む。
「何故貴様が此処にいる…貴様は眠らせた筈」
彼の顔の横で、茶色の髪が不機嫌そうに揺れる。
彼が誰かは知らない。何故こんな状態なのかも分からない。だが、名前には確信がある事が一つあった。
「呼ばれたの」
その返しが不可解だったのか、彼の眉間の皺が更に深くなった。
「幸村が私の名前を呼んだから、起きなくちゃって」
「あの犬か…貴様等、どうやら奇妙な繋がりを持っているようだな」
計算外であった。
そう言い捨てると、彼は名前の横を擦り抜ける。
「待って…貴方は誰?どうして私を…」
呼び止めた声に、彼が涼しげな視線を寄越す。立ち止まった彼の体が、徐々に光に飲まれていく。
「我が名は毛利元就…忘れるな、貴様の体は我が寄り代となることを」
一瞬目が眩む程に輝き、彼はそこから消えた。


* * *


「名前殿!!」
その大声に、沈んでいた意識が浮き上がる。
「幸村…?」
目を開けると、幸村の心配そうな表情が写る。
「私…何がどうなって」
「……」
幸村が注意深く名前を見詰める。怪訝に思った彼女は、眉をハの字にして小首を傾げた。
「…狐は出てはおらぬ。しかし今のそなたは名前殿なのだろう…」
「狐?」
思い浮かべたのは、佐助の姿。しかし幸村の表情から察するに、彼のことではないらしい。
渋い顔のまま黙り込んでしまった幸村の前で、手を振ってみる。
「幸村?」
反応がない。
「…幸村、耳と尻尾が出てる」
「なんとっ?!」
漸く動いた幸村は、驚きで尻尾をぴんと伸ばした。
人目が無かったから良いものの、変化が解けかかっている。それ程力を消費したのだろう。そして、幸村が人の姿になっているということは何かあったはずだ。
「詳しいことは後で聞くから、取り敢えず帰ろうか」
そう言って立ち上がった名前を、耳と尻尾を収めた幸村はまだ確かめるように見詰めていた。


* * *


自宅に戻り荷物を置いた名前は、幸村の話を聞いた。
「狐が…私に?」
「左様。今は何もござらぬか?」
「うん、特には…」
自分の体を確かめるように眺めていると、名前は思い出したように顔を上げた。
「そういえば私、幸村の声を聞いた」
「某の声、とは?」
「よく覚えてないんだけど、幸村の声で目を覚ましてね…何処かよく分からない所で誰かと会って…」
「…そうであったか」
幸村が、やっと安心したように表情を緩めた。
「やはりそなたは名前殿なのだな。狐は化かすのが上手いと聞く故、名前殿のふりをしておるのかと…」
「…まだ、私の中にいるってことなんだよね?」
「…左様」
自身の中に、自分ではない何かがいる。そんな感覚はない。しかし一度意識してしまうと、急に妙な気分になる。
そっと胸元に手を持って行き、セーラー服を握り締める。
(私の中に、狐が…)
なんと言っていた。あれは、あの男は、名は…
「…毛利元就」



2012.2.18