あやかしあかし | ナノ
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十五

「…つぅ」
痛みに顔を歪める名前。それでも、抱いた腕を緩めない。
彼女の首元に噛み付き、血を啜るのは一匹の犬。茶色の毛に艶は無く、力なく名前にもたれながらも、二本の鋭い牙だけは強く食い込ませている。
牙を抜いた後も傷口を舐め、執拗に名前の血を奪う。
生暖かいざらざらとした感触に、名前の背筋が震えた。
「ゆき…っ」
犬の首元には赤い鉢巻き。それは、幸村がいつも付けているものと同じだった。そして、今はもう消えかかった、左腕の傷を作った犬もこの鉢巻きを付けていた。
治りかけた牙の跡が疼く。何かを訴えるようにじりじりと熱を生む。それを感じずとも、名前の中ではもう繋がっていた。
あの日名前を噛んだのは、今噛み付いているのは、幸村だったのだ。
幸村は、人間ではなかったのだ。
犬のようで、しかしただの犬ではなく、人に化ける犬。それはいったい何なのだろう。
やっと口を離した幸村が、何を思ったか、人の姿に戻る。犬の姿が一瞬で大きくなり、顔が丸まり、手足が長く伸び、全身を覆っていた毛が衣服に隠れ、鋭い瞳が丸く変わった。額の紅の鉢巻きが、大きく上下に揺れる肩に垂れている。
「は、はっ…」
しかし今の彼は正気を保てていないようだ。名前の肩を掴んだまま、虚ろな目で滲み出る赤色を見ている。
「…まだ足りない?」
名前の腕が上がる。指先が彼の頬を掠め、再び抱きしめようとして。
「はいはーいお二人さん、そこまで!」
急に聞こえた第三者の声。それと共に二人の間に手刀が割って入る。
驚いて身を引いた名前が手の持ち主を確認すると、そこには妙な格好の青年がいた。深緑の上着に白い羽織。小手や脛当てを付け、金属の防具で顔の周囲を覆っている。その頭には狐のように尖った耳、羽織の下から覗く大きな尾。両頬と鼻の頭にペイントを施した顔を渋くして幸村の肩を揺さ振る。
「ほら、旦那もいい加減しっかりして!」
無遠慮に前に後ろに揺さ振られ、幸村は覚醒する。
ハッと目を開いた後、名前を見留めて顔面蒼白になった。
「某は何たることを…!またそなたを傷付けてしまった」
わなわなと震え、勢い良く頭を下げる。所謂土下座の状態だ。
「申し訳ございませぬ!!もう人を襲わぬと誓っておきながら…」
悲痛な声で謝罪する彼の傍らで、狐耳の青年がやれやれと肩を竦める。
「えっと…幸村、ちょっとよく分からないんだけど」
幸村が、人間でも犬でもなくて、噛み付いて、知らない人がいて、土下座されて。
いったいどういうことなのか。
幸村が不安げに顔を上げる。躊躇いながらも、ぽそりと言葉を吐いた。
「そなたは信じられぬかも知れぬが…某は妖なのだ」
「…あやかし?」
普段聞き慣れない単語に、頭の上に疑問符を浮かべる。
あやかし…妖怪とは、日本の伝承に登場する生き物。人を襲い、化かし、からかい、助け、人々から恐れられたり崇められたりする。
けれどそれは全て空想だ。
そう思っていた。
けれど幸村は妖だという。人間でも犬でもなく、妖なのだと。
幸村は神妙に語り始めた。






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長くなったので一旦切ります。
次で終わりだけどそれが長い…(^∇^)
2012.2.6