あやかしあかし | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


十三

夕方、歩き回ってくたびれた二人は旅館に向かった。
剪定の行き届いた庭を抜けると、建物が見えた。
決して大きいとは言えないが、風情のある外見と、柔らかな光が暖かさを感じさせた。
部屋には畳が敷き詰められており、個別に風呂が付いていた。
「大浴場もあるみたいだし、せっかくだからそっちに入ろうか」
「…いえ、某はこちらでいただきまする」
そう言う幸村の声に元気がなかった。
また体調を崩しているようだ。
「そっか…」
「そう心配なされるな、この体には別状ありませぬ」
幸村の瞳が困ったように細まった。


夕飯をたらふく食べるその姿は確かに病人には見えない。これでもかと言うほど腹に納め満足げに寛ぐ幸村を横目に、名前は銭湯へ向かう準備をする。
(包帯は外して行こうかな)
腕を捲ると、あらわになった白い布。幸村によってしっかりと巻かれたそれを、しゅるしゅると外していく。
あの時の傷は、もう殆ど癒えていた。
やはり、この旅行が終われば幸村と別れることになるだろう。
そう思いながらしみじみと眺めていると、幸村がその腕を掴む。
どこか虚ろな目で傷を凝視するので、名前は少々落ち着かない。
「…どうしたの?」
「……」
「幸村?」
「…ぁ、いえ…もう、大分治ってまいりましたな…」
名前が再度呼び掛けて、びくりと体を震わせた。声にした言葉も急いで付け足したようだった。
「やっぱり相当疲れてるんじゃない?早く寝た方が…」
「いえ、その前に名前殿の腕の手当てをせねば」
今度ははっきりと喋る。目にも力が戻っていた。
「急ぐ必要はありませぬ、ゆっくりと楽しんできて下され」
そうして背中を押されては、何も言葉を返せなかった。


* * *


大浴場は露天風呂になっていた。硝子のドアを開けた途端、湯煙が視界を覆う。こんこんと湧き出る透明な温水が、水面に絶え間無く波を作っている。
ちょうど他に客がおらず、貸し切りのような状態だ。
いそいそと湯舟に浸かれば、体の芯から温まる。名前はほっと息をついた。
さほど厚みのない間仕切りの向こうは男湯らしい。これでは声が丸聞こえになるだろう。
(幸村がこっちに入ってたら、破廉恥だとか言ってたりして)
同じ湯に女性が浸かっていると想像すると、卒倒してしまうかもしれない。
そんな彼の姿を思い浮かべ、肩を震わせた。
その時、茂みが揺れる音がした。敷き詰められた石の奥で、何かが動いた。息を飲む名前。じっと様子を伺うが、何も起こらない。そろりと立ち上がり、水音を立てない程ゆっくりと茂みに近付く。
「…!」
赤い。
岩の合間から、赤い色が垂れている。
冷たい汗が名前の背を伝う。それでも岩場に足を掛け、草村を覗いた。
そこにあったのは、野ウサギの成れの果て。腹を無惨に噛みちぎられ、そこから赤黒いものを垂らしていた。
狐か野犬でもいるのだろうか。狭い岩場にはウサギしか入って来れなかったようだが、もしそんな動物がいるのなら危険だ。宿の人に知らせておいた方がいいだろう。放って置いて湯に浸かる気分にもなれず、名前は早々に風呂からあがった。
ウサギの腹には、鋭い犬歯に貫かれたであろう、深い穴が二つ空いていた。



2012.2.3