あやかしあかし | ナノ
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十一

この頃幸村の様子がおかしい。
どこか遠くを見詰めることが多くなったり、食欲がなくなったり、かと思えば肉を沢山食べたがったり。たまに背中に痛い程の視線を感じて、振り返れば直ぐに目を逸らされたり。
いったいどうしたのだろうか、と気に掛ける名前だが、幸村本人が頑なに大丈夫だと言うので、何も出来なかった。
(疲れてるのかな…)
幸村が居候を始めて、およそ一ヶ月が経とうとしている。いきなりこんな狭苦しい家に来て、生活の急激な変化にとうとう体が音を上げたのかもしれない。
ここはやはり思い切ってみるか。
「幸村、旅行行こうか」
「はい?」
突然の話にきょとんとする幸村。包帯を巻いていた手も止まった。
首を傾げると、ドライヤーで乾かされた髪がふわりと揺れた。本当に、犬の様に柔らかな和毛だと思う。
幸村の甲斐甲斐しい世話もあって、名前の腕の傷は殆ど治りつつあった。跡も残らないかもしれない。
その御礼や、疲れを取る為。そして、もうすぐ訪れるであろう別れの前の思い出作りに。
幸村が包帯を巻き終えると、名前はソファから立ち上がりタンスに向かう。一番上の引き出しにしまってあった宿泊券を取り出した。
「前に福引きで当たってね」
やはり二人で行ってしまおう。名前はそう決めた。
「しかし…」
幸村が戸惑っている。
やはり男女で旅行に行くのは抵抗があるのだろう。
しかし名前は、同棲してしまってるしもう構わないかとやや開き直っていた。
「別に幸村は何もしないでしょ?」
「無論にござる!!」
顔を真っ赤にして叫ぶ。
相変わらずの反応にちょっと笑って、名前がならば安心だと返すと、拗ねた顔で幸村は押し黙ってしまった。
「旅館の近くを見て回ろうか」
「……」
「美味しい料理が出るかなぁ」
「……」
「幸村と行くなら、きっと楽しいね」
その言葉に、漸く幸村が反応する。少しだけ頬を緩めた。
「…そうでござるな。某も、そなたと共に在れるならば…」
言葉はそこで途切れてしまった。
幸村の顔に陰が差し、息を吐いて俯いた。
「幸村?」
「…なんでもありませぬ。少し目眩がしただけでござる」
やはり、体調が優れないのか。
「今日はもう眠ろうか」
名前は立ち上がり布団を準備する。が、幸村はその場に座り込んだまま動かない。
「幸村…本当に何もないの?」
「…違うのだ。これは、まだ…」
顔面を片手で押さえ、何か呟いたが、名前にはその真意を読み取れなかった。
「幸村」
差し出したのは左手。幸村が指の合間からそれを見る。伸ばした腕は、手を擦り抜ける。
「!」
名前の左腕に巻かれた包帯の上に、幸村の手が被さる。
強い力で引き寄せられ、よろめいた名前は幸村の前にしゃがんだ。
「…まだ、痛みまするか」
「…もう殆ど」
「左様か…」
それだけ交わすと、幸村がゆるりと立ち上がり覚束ない足取りで布団へ向かうので、名前が慌てて支える。
布団に辿り着いた瞬間、崩れ落ちる幸村を支え切れず一緒に倒れ込む。そのまま動かない幸村に腕を下敷きにされた名前。
(掛け布団くらい掛けなきゃ、余計に体調悪くなるのに…)
仕方ないので、名前の掛け布団を引っ張ってきて、二人に被せた。
「おやすみなさい」
翌朝一番、幸村の絶叫が響く。



2012.1.30