あやかしあかし | ナノ
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うんと頷いたものの名前は別段疲れた訳でもなかった。それに幸村がこうして外に出ることはあまりないし、このまま帰ってしまうのも勿体ない。
「せっかくだし、ちょっと何処かに寄らない?」
そう提案した。
ふと思い出したのは、久美子が以前話していた駅前に新しくオープンしたカフェのこと。
「駅前にね、美味しいスイーツを出すカフェが出来たんだって」
「カフェ…でござるか?」
「うん、ちょっと気になってたんだ」
名前だって女の子。甘いものには目がないのだ。幸村も甘味が好きだし、二人で行けば互いに一口交換したりも出来るだろう。
「ね、行こうよ」
そう言ってはにかんで見せると、幸村はそっぽを向いてしまった。そしてほんのり耳を赤く染めつつ、承諾するのだった。


* * *


噂のカフェは可愛らしい外装の店で、外に据え付けられたテーブルに中睦まじいカップルが一組座っていた。それを横目で眺めつつ扉を開くと、ムーディなメロディが流れ出す。放課後を楽しむ学生やカップルでテーブルが埋められていた。
可愛らしい雰囲気にそわそわしている幸村を空いたテーブルに座らせ、名前もその向かいに腰を下ろす。
メニューを開いてみれば、女の子が喜びそうなスイーツが飛び出す。名前は目移りさせながら幸村の様子を伺うと、吃驚する程目を輝かせてメニューにかじりついていた。
「名前殿…!かように美味そうなものの中からどれかを選ぶなど出来ませぬ!」
「うーん…出来れば一つでお願いね」
「承知いたした!」
結局、名前は苺のショートケーキを、幸村はチョコレートパフェを頼んだ。
一口食べれば、口の中に広がる甘さ。甘さ控え目と選んだショートケーキは、苺の甘酸っぱさが強調されており、生クリームとのバランスが絶妙だ。
充分堪能してから飲み込み、ふと幸村を見てみれば、スプーン片手にふるふるとうち震えている。
「幸村…どうしたの?」
「びっ」
「び?」
「美味でござるあぁぁああ!!」
拳を天井に向かって付きだし、いきなり大音量を放った。名前が一瞬びくりとしたのも目に入らなかったようで、幸村は再び雄叫びを上げる。
「某感動いたしましたぞ!お館様あああぁぁああ!!!」
唖然とする名前の前で尚も『お館様』を連呼する。周囲が奇異の視線を向けたところでやっと我に返った名前が慌てて制止をかける。
「幸村!ここ、お店の中だから!!」
「おや…ハッ!!店内にて大声を出すなど、他の客の迷惑他ならぬ!申し訳ございませぬ!!」
幸村が頭を下げると、勢い余って机にしたたかに打ち付けた。
「ぐおっ」
「…あはは」
一部始終を見ていた客達は温かい視線を投げ掛け、再び自分達の空間を作り出すのだった。
「ね、幸村。一口貰っても良いかな」
「んむ?」
再び食べ始めた幸村に名前が告げる。目の前であんまり美味しそうに食べるものだから、少し食べてみたくなったのだ。
「おお!是非名前殿も味わって下され!」
幸村は笑顔でパフェを差し出した。
「わぁ、いただきます」
ケーキに使った先がフォークのように分かれたスプーンでちょいと掬って口へ運ぶ。
口の中へ入れた瞬間、広がるチョコレートの甘さ。濃厚なチョコレートソースとバニラアイスがハーモニーを奏で、名前は口元を綻ばせて堪能した。
全く文句なしに美味しい。
その様子を眺めていた幸村の頬に、ほんのり朱がさす。
「幸村もケーキ食べる?」
ついと押し出された食べかけのケーキを見て、益々顔を赤らめた幸村は、首をぶんぶん横に振る。
(もしかして、苺苦手なのかな)
ちょっと残念な気持ちになった。
それから、互いに少し言葉を交えつつ完食し、帰路につく。
家に帰るまで、幸村は何処か遠くを見ていたので名前は心配に思ったが、本人は何もないと首を振るのでそっとしておくしかなかった。
「美味そうであった…」
呟かれた言葉は、名前の耳には届かない。



2012.1.29