あやかしあかし | ナノ
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およそ一週間、期末試験の期間中、名前達の学校は昼までしかない。朝食を作って学校へ行き、帰ってから昼食を幸村と一緒につくる。幸村も段々調理に慣れてきて、最近は包丁で皮剥きに挑戦している。
試験最終日、空いた時間を利用して少し遠い商店街まで足を運んだ名前は、商品を購入した際に福引券を一枚貰った。どうやら今日は丁度福引をおこなっているらしい。せっかくだからと引いてみたところ、
「特賞…?」
おじさんが勢い良く鳴らすベルの音が、耳から耳へと抜けていった。


* * *


「幸村って甘いものが好きなの?」
「そ、それは…!」
後日、スーパーのお菓子コーナーにて。色々なお菓子を物色する幸村を見て、名前が何気なく聞いた。すると彼は何故かうろたえる。
「その…男子が甘味好きだなどと、可笑しくはござらぬか」
バツが悪そうに目を泳がせる幸村を見て、名前はきょとんと小首を傾げた。
「可笑しくなんてないよ」
「真か?!」
「うん、甘いものが好きなんて、可愛いと思うな」
悪意のない台詞だったが、可愛いと言われ若干落ち込む幸村。
「えっと…褒め言葉のつもりだったんだけどなぁ」
「ありがたく…」
萎んでしまった幸村を元気づけようと、名前は棚を見渡して提案する。
「幸村の好きなお菓子って何?買ってこうか」
「か、忝ない。某、団子には目が無いのでござる」
「お団子か、私も好きだよ」
言いつつパックのみたらし団子をかごに放り込むと、幸村にちょっぴり活気が戻ったようだ。
「近所にね、美味しい和菓子屋さんがあるから、また一緒に買いに行こうか」
「それは楽しみでござる!」
一気に明るくなった声。全く食べ物の効果は恐ろしいものである。
大きな声を出してから、ハッとして恥ずかしそうに身を縮める彼の様子に、名前はクスリと笑みを漏らした。


* * *


幸村は団子が好物で、更に大食漢。イケメンで力持ちだけど、女子と馴れ合うのは苦手。浮世離れしたような行動や古風な言葉遣い。
この数日で分かったことは、これくらいだ。
しかし幸村が何処のお坊ちゃまだとか、あの時の犬との関係とか、そんなことは今だに謎のままだった。
「うーん…」
夜のこと。
お風呂をあがり、髪も乾かした名前の手元には、一枚の紙。どうやらペアの宿泊券らしい。
例の福引きで当たったのだが…
ペア、といっても名前と一緒に行ってくれる人物は限られている。仲良しの久美子か、それとも幸村か。
幸村とは勢いで同棲しているとはいえ、知り合って間もないし、異性同士で旅行は何かと面倒もありそうだ。かといって久美子と一緒に行ってしまえば、その間幸村をここに一人置いていくことになってしまう。それは名前一人で行く場合も当て嵌まることだった。
(使わないのは勿体ないし…)
いっそ近所の人に渡してしまおうか。
その時、風呂場の方で扉を開ける音がした。
名前が宿泊券を片付けると、その直後に幸村が居間に入って来た。
「良い湯でござった」
ほっこりした表情で髪をタオルで撫でる。
初めは嫌そうにしていたのに、いつの間にか風呂を楽しんでいるようだった。
「幸村、ちゃんと乾かさないと風邪引いちゃうよ」
ドライヤー片手に手招きすると、素直に名前の前に座る。
髪を乾かす間もしつけた犬のようにじっとしているものだから、少し微笑ましく思った。
すっかり髪も乾いたところで、ドライヤーの電源を切る。それを机に置いた直後、その手を捕まれた。
「!」
大きくて無骨な手が、力強く名前の手を握る。
「幸村…?」
返事は返さず、幸村はじっと彼女の腕を見詰めている。
風呂上がりの左腕は、包帯を取り外してあった。
「まだ…痛みまするか」
その静かな声に、一瞬反応が遅れる。
「…うん」
机の上に並べておいた薬、ガーゼ、包帯、テープ。
幸村は徐に薬を取り、その蓋を開けた。
「えっ、いいよ。自分でするよ」
「某に、させていただけませぬか」
真っ直ぐな目が名前を見抜く。
その強い視線に思わず承諾してしまった。
「……」
「……」
ソファに座る名前と、ひざまづいて薬を塗り付ける幸村。
お互い無言で、名前は微妙に落ち着かない。
幸村は壊れ物を扱うように腕を持ち、その動作一つ一つが丁寧だった。痛まないように気を使って包帯を巻き、最後にテープで固定する。
なんだか自分でやったときよりも楽な気がする。
「…ありがとう」
何と無く気恥ずかしくて、目を腕に向けたまま。
「きつく感じるところはありませぬか?」
「ううん、全然」
「それはようござりました」
そう言ってふわりと微笑んだ幸村が、昼間の時とはまるで別人に見えた。
「名前殿、これからは某に任せてくだされ」
「ええ?悪いよ、そんな…」
両手を振って遠慮する名前だったが、幸村は下がらなかった。
「いいえ、元はといえばそのお怪我は、某が原因のようなもの。なればせめて傷の手当てはさせてもらえぬだろうか」
そういえば、幸村がここにいるのは怪我の償いがしたいからだった。傷の手当てがそうなると判断したのなら、任せてしまった方が幸村の気持ちも楽になるかもしれない。
「じゃあ…お願いしようかな」
「…この幸村、全力で貴殿に尽くそう」
言い方が大袈裟な気もするが、本人が納得したようなのでよしとしておく。
幸村の真面目な顔は、出会った時以来だろうか。あの時よりずっと大人っぽく感じた。
まだ知らない。彼のことを。
もっと知りたい。知っていきたい。
そう思った。



2012.1.24